「や、どーも」
色々――突き落とされた事とか、突き落とされた事とか、突き落とされた事……とかの恨みを込めながら返してやる。
でも、コイツのおかげで今こうして居られるワケでもある……のか。
「どうでした?男の子救って、貴方も救われましたか?」
ズズッといつの間にか現れていたテーブルセットの上の紅茶をすすりながら帽子ヤローが話しかけてきた。
「おかげさまでね。 てーかあんなウソ、つかなくったって別に良かったんじゃねーのか。
“自分を救いに行く”ってのでも十分人は動くと思うぜ?」
同じように現れていたお茶請けのクッキーをむさぼりながらそう答えた。
「いやいや、ダメですよそれじゃあ。
人間自分の過去を変えられるとわかってしまったら他にも欲が生まれるでしょう?
ホラ、“ここをこうしとけば良かった〜っ”とかよくあるじゃないですか。……時々、途中で自分だって気づいて変に修正を加えようとしてそのまま上がってこれない人とかいますしね。
冗談抜きでホイホイ過去とか変えられたら歴史とか変わっちゃいますから危険なんです」
まぁ、確かにそりゃそーだな。
でも何で俺みたいなのが許されたりするんだ……?
知らなかったとは言え、過去の自分に干渉して未来に少なからず影響を与えたという事象だぞ。
「あぁ、それはですね」
「えっ?俺今声に出してた?」
図ったように返されたので思わず訊いてしまった。
しかし少年は「イエ」と返し、
「なんとなく訊きたそうな顔をしてらしたので」
「昔から――本当に、誰も知らないくらい昔から、歴史ってある程度決まってるんです。
ただの教科書の年表をさらうかのように決まっている事柄が成されていくだけ。
そしてそれを面白く思わない人間がいる。 それだけの事です。
時たまそれに自力で気づいてそこから逃げる人もいるんですけどね、それは例外中の例外。
とにかく、貴方のようなケースは珍しいです。特別枠、って言ったでしょう?」
またズズッと紅茶をすする。
「……ってーと、何か。俺はすんごい確立の低い宝くじにでも当たった、と?」
「平たく言えばそーですね。ものすんごく平たいですけど」
暗にバカにされたような気がしてムッとする。
でも、ま、いっか。
「それがホントなら俺は感謝すべきなんだろーな、その“面白く思わない人たち”に。
あのままだったら家族に誤解されたままで月日が経って、罪悪感だけ背負わせるような事になってたかもしんない。……いや、つか俺双子の弟に殺されてたかもしんないし。
それに、家族があんなにあったかいんだって、知らないままだったし。
チャンスを与えてくれたその人と、お前と――“エース”のおかげだ」
自分に感謝すんのも変な話だけど、笑ってと前置きをして、
ありがとな、と頭を下げた。
少年は小さく笑って、
「お役に立てて何よりです」
と言った。
「さて、と。じゃあ僕はそろそろこれで……」
立ち上がると同時にテーブルセットもかき消えて辺りはライトに照らされている部分以外真っ暗になった。
そのライトも消えかかっているように視界が黒くなっていく……暗転していってるんだ。
「ちょっ、ちょっと待て!!」
俺は慌てて少年を引き止める。
「なんです?何か忘れ物でも?」
「……その、忘れ物っつーか――お前の名前、聞いてなかったから」
そう言うと驚いたように目を見開かれた。
「あぁ……“ヘルメス”とご記憶頂ければ」
「ヘルメスヘルメスヘルメス……おし、覚えた。ヘルメス!」
何回も連呼して頭に刻み付ける。
が、
「まぁ、ホントの名前じゃありませんけどね」
ガクッ
「なんだよそれ?!ちゃんと教えろよ!!」
急激に闇が濃くなっていって、もうあんまり姿も見えない。
うっすらと揺れる緑に向かって叫んだ。
「だって僕、ホントの名前忘れちゃいましたもん。
貴方の“エース”と同じです。
でも、ね。僕“ヘルメス”って気に入ってるんですよ。
ヘルメス――神話に出てくる霊魂を冥界に導く役目を持った神様。
僕にピッタリじゃないですか。……ま、夢だし、実際に冥界へは導きませんけどね、ほとんど。
だから、ちゃんと覚えててくださいね、直哉さん」
クス、と小さな笑い声を残してヘルメスはどこかへ消え、
俺は現世へと沈んでいった……――
* * *
「……や! おや! 直哉!!」
耳元で大きな声が聞こえてきた。
「直哉!!もう起きないと遅刻するぞ!母さんだって父さんだってお前が起きてくんの待ってくれてんだから早くしろって!!」
ガバッと起き上がる。
目の前にはもう制服に着替えてすっかり支度の整っているであろう慎也。
あーあ、全く今日もきっちりしてやんの……。
俺ときたらスリーラインのジャージにTシャツ、髪はボッサボサ、用意だって何一つ出来てない。
……前はもうちょっと気ぃつかってたと思うんだが全部吐き出したあの日にそういうのも綺麗さっぱり一緒に吐き出されてしまったらしい。こんなんで慎也に対抗しようとしてたなんて俺もまだまだ青いな。
……なんて感慨にふけっちゃったりして。
「直哉ー!慎也ー!朝ご飯食べるわよ!」
「「はーい!!」」
いただきます、と手を合わせてからご飯スタート。
テレビを見ながら、新聞を見ながら、そんな余裕もなくご飯をかきこむ俺もいるわけだけど。
学校の方も順調だ。
あの事故から復帰した後はやっぱり自殺未遂だと思われてたらしく、違うといちいち説明して回るのは大変だったけど、それも今はもう必要ないくらいに前のまんまだ。
ふざけあえるクラスメイトにあんまり面白くない授業。
嫌味を言ってくる教師もまだいるけどあんまりもう気にならない。
自分のペースでやればいいんだって、十分にわかったから。
褒められるためにやるんじゃないから。
自分のために、出来る限りの事をやればいいって、理解出来てるから。
――そりゃあ?褒められたら悪い気はしないけど。
「用意出来た?直哉」
「おう!完璧!……たぶん!!」
机の上に置いてある鞄を持って部屋を後にする。
ちなみに、「夢前案内人」の絵本は俺の机の引き出しにしまってある。
時々取り出して読んではヘルメスの事を思い出したりする。……今は誰を案内してんだろ、とか。
またいつか会えるような時があったら、そん時はホントの名前探しに連れ出してやろうかな、と考え中。
「直哉ー!!」
「今行くっ!!」
どうせ次に会えた時だって全然驚いたりせずに淡々と言うんだろな。
『や、またお会いしましたね』
ってね。
「「じゃっ、いってきまーす!!」」
玄関から2つの足音が遠ざかっていく。
2階では机の上の絵本が風も無いのにパラパラと捲れていた。
「……全く、失礼な人ですねぇ。僕だって少しくらい驚いたりしますって。
名前聞かれた時にもびっくりしましたよ、僕。
……名前聞かれるのなんていつぶりか忘れるくらいだったんですもん。
すごい――嬉しかったんですよ?
……っと、また迷い込んだ人がいるみたいですね。
じゃあまた――お会いする日まで」
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をかけた少年がクスッと笑ってかき消えた。
fin.
色々――突き落とされた事とか、突き落とされた事とか、突き落とされた事……とかの恨みを込めながら返してやる。
でも、コイツのおかげで今こうして居られるワケでもある……のか。
「どうでした?男の子救って、貴方も救われましたか?」
03.終わった嘘の後に/2
ズズッといつの間にか現れていたテーブルセットの上の紅茶をすすりながら帽子ヤローが話しかけてきた。
「おかげさまでね。 てーかあんなウソ、つかなくったって別に良かったんじゃねーのか。
“自分を救いに行く”ってのでも十分人は動くと思うぜ?」
同じように現れていたお茶請けのクッキーをむさぼりながらそう答えた。
「いやいや、ダメですよそれじゃあ。
人間自分の過去を変えられるとわかってしまったら他にも欲が生まれるでしょう?
ホラ、“ここをこうしとけば良かった〜っ”とかよくあるじゃないですか。……時々、途中で自分だって気づいて変に修正を加えようとしてそのまま上がってこれない人とかいますしね。
冗談抜きでホイホイ過去とか変えられたら歴史とか変わっちゃいますから危険なんです」
まぁ、確かにそりゃそーだな。
でも何で俺みたいなのが許されたりするんだ……?
知らなかったとは言え、過去の自分に干渉して未来に少なからず影響を与えたという事象だぞ。
「あぁ、それはですね」
「えっ?俺今声に出してた?」
図ったように返されたので思わず訊いてしまった。
しかし少年は「イエ」と返し、
「なんとなく訊きたそうな顔をしてらしたので」
「昔から――本当に、誰も知らないくらい昔から、歴史ってある程度決まってるんです。
ただの教科書の年表をさらうかのように決まっている事柄が成されていくだけ。
そしてそれを面白く思わない人間がいる。 それだけの事です。
時たまそれに自力で気づいてそこから逃げる人もいるんですけどね、それは例外中の例外。
とにかく、貴方のようなケースは珍しいです。特別枠、って言ったでしょう?」
またズズッと紅茶をすする。
「……ってーと、何か。俺はすんごい確立の低い宝くじにでも当たった、と?」
「平たく言えばそーですね。ものすんごく平たいですけど」
暗にバカにされたような気がしてムッとする。
でも、ま、いっか。
「それがホントなら俺は感謝すべきなんだろーな、その“面白く思わない人たち”に。
あのままだったら家族に誤解されたままで月日が経って、罪悪感だけ背負わせるような事になってたかもしんない。……いや、つか俺双子の弟に殺されてたかもしんないし。
それに、家族があんなにあったかいんだって、知らないままだったし。
チャンスを与えてくれたその人と、お前と――“エース”のおかげだ」
自分に感謝すんのも変な話だけど、笑ってと前置きをして、
ありがとな、と頭を下げた。
少年は小さく笑って、
「お役に立てて何よりです」
と言った。
「さて、と。じゃあ僕はそろそろこれで……」
立ち上がると同時にテーブルセットもかき消えて辺りはライトに照らされている部分以外真っ暗になった。
そのライトも消えかかっているように視界が黒くなっていく……暗転していってるんだ。
「ちょっ、ちょっと待て!!」
俺は慌てて少年を引き止める。
「なんです?何か忘れ物でも?」
「……その、忘れ物っつーか――お前の名前、聞いてなかったから」
そう言うと驚いたように目を見開かれた。
「あぁ……“ヘルメス”とご記憶頂ければ」
「ヘルメスヘルメスヘルメス……おし、覚えた。ヘルメス!」
何回も連呼して頭に刻み付ける。
が、
「まぁ、ホントの名前じゃありませんけどね」
ガクッ
「なんだよそれ?!ちゃんと教えろよ!!」
急激に闇が濃くなっていって、もうあんまり姿も見えない。
うっすらと揺れる緑に向かって叫んだ。
「だって僕、ホントの名前忘れちゃいましたもん。
貴方の“エース”と同じです。
でも、ね。僕“ヘルメス”って気に入ってるんですよ。
ヘルメス――神話に出てくる霊魂を冥界に導く役目を持った神様。
僕にピッタリじゃないですか。……ま、夢だし、実際に冥界へは導きませんけどね、ほとんど。
だから、ちゃんと覚えててくださいね、直哉さん」
クス、と小さな笑い声を残してヘルメスはどこかへ消え、
俺は現世へと沈んでいった……――
* * *
「……や! おや! 直哉!!」
耳元で大きな声が聞こえてきた。
「直哉!!もう起きないと遅刻するぞ!母さんだって父さんだってお前が起きてくんの待ってくれてんだから早くしろって!!」
ガバッと起き上がる。
目の前にはもう制服に着替えてすっかり支度の整っているであろう慎也。
あーあ、全く今日もきっちりしてやんの……。
俺ときたらスリーラインのジャージにTシャツ、髪はボッサボサ、用意だって何一つ出来てない。
……前はもうちょっと気ぃつかってたと思うんだが全部吐き出したあの日にそういうのも綺麗さっぱり一緒に吐き出されてしまったらしい。こんなんで慎也に対抗しようとしてたなんて俺もまだまだ青いな。
……なんて感慨にふけっちゃったりして。
「直哉ー!慎也ー!朝ご飯食べるわよ!」
「「はーい!!」」
いただきます、と手を合わせてからご飯スタート。
テレビを見ながら、新聞を見ながら、そんな余裕もなくご飯をかきこむ俺もいるわけだけど。
学校の方も順調だ。
あの事故から復帰した後はやっぱり自殺未遂だと思われてたらしく、違うといちいち説明して回るのは大変だったけど、それも今はもう必要ないくらいに前のまんまだ。
ふざけあえるクラスメイトにあんまり面白くない授業。
嫌味を言ってくる教師もまだいるけどあんまりもう気にならない。
自分のペースでやればいいんだって、十分にわかったから。
褒められるためにやるんじゃないから。
自分のために、出来る限りの事をやればいいって、理解出来てるから。
――そりゃあ?褒められたら悪い気はしないけど。
「用意出来た?直哉」
「おう!完璧!……たぶん!!」
机の上に置いてある鞄を持って部屋を後にする。
ちなみに、「夢前案内人」の絵本は俺の机の引き出しにしまってある。
時々取り出して読んではヘルメスの事を思い出したりする。……今は誰を案内してんだろ、とか。
またいつか会えるような時があったら、そん時はホントの名前探しに連れ出してやろうかな、と考え中。
「直哉ー!!」
「今行くっ!!」
どうせ次に会えた時だって全然驚いたりせずに淡々と言うんだろな。
『や、またお会いしましたね』
ってね。
「「じゃっ、いってきまーす!!」」
玄関から2つの足音が遠ざかっていく。
2階では机の上の絵本が風も無いのにパラパラと捲れていた。
「……全く、失礼な人ですねぇ。僕だって少しくらい驚いたりしますって。
名前聞かれた時にもびっくりしましたよ、僕。
……名前聞かれるのなんていつぶりか忘れるくらいだったんですもん。
すごい――嬉しかったんですよ?
……っと、また迷い込んだ人がいるみたいですね。
じゃあまた――お会いする日まで」
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をかけた少年がクスッと笑ってかき消えた。
fin.
title by 雰囲気的な言葉の欠片:前中後