台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 55 ] 当然、下心は存分に満載だよ。

「なぁ、お前等ってふざけてんの?」
 そう言った彼女は茶色の髪をポニーテールにした少女の姿をしている。
 俺はと言えば、金色の髪を無造作に下ろした自分で言うのもなんだが、かなりのイケメンさんで。
 ……いや、今の話に別に容姿は関係ないんだけれど。
 とにかく、彼女はテーブルの向こう、実に呆れたような顔をしてそう言った。
「何が?」
 と問い返すと大げさにため息。
 そしてトントン、とテーブルの上の紙を指で叩いた。
「コレ。――この世界の王様の設定。何千年も生きてて?不老で?年の頃15、6で?強大な魔力を持ってて無敵で?……どこの頭の病持ちかと思うくらいの反則技てんこ盛。知ってるか?これ、ある世界では中二病って言われる類のモノなんだが」
 そう言われてメモを覗き込む。
 ……あぁ、コレは、あの。
 チラリ、と呆れ返っているらしい彼女を見る。
 胡散臭そうな視線をこちらに寄越してきていて、実に居心地が悪い。
 が、しかし、ここは弁解しておかなければならないだろう。
「いやいや、違うって。それは仕方ないんだよ」
「は?」
 怪訝そうに言った彼女に俺は付け加えて話す。
「ゲームの勝者の持ち駒は自動的に最強設定に書き換えられるんだよ。――だって、そうじゃないと敗者のコマが反逆にかかるだろう?そういうのを防ぐため、世界の均衡を保たせる為にも頂点に立つ者は全てを支配出来る力を得るんだ。
 この王様だってゲーム中はわりと一般人だったハズ……そうそう、コレだ」
 立ち上がって本棚を探る。探していた物はすぐに見つかった。
 今までのゲームの記録を書いた本。
「アーリネス=ルド=ジラルデ。黒髪・黒目の15歳。魔法と若干剣術が出来る。……くらいだよ、設定なんて。不老でも無いし、ましてや不死でも無い」
「じゃあなんでそんな普通のキャラクターが生き残ったんだよ?」
 不思議そうな声を受けて、過去に思いを馳せた。……はて、何でだったかな。
「……あぁ、そうだ」
 思い出した。
「所謂漁夫の利というヤツかな。一般人だったからこそ、他のキャラクターには見向きもされないで、そして最後まで生き残ってしまった。他のヤツ等は自滅とか多かったからなぁ。……結局運が良かった、という事だね」
「そんな適当なモンなのか」
 また呆れたような顔になった彼女が言う。俺は肩を竦めて笑った。「そんなモノさ」、と。

「しっかし……生き残りたいと思うんなら、それこそ反則技使いまくったりするんじゃないのか?だって、強いほうが有利だと考えるのが普通だろう」
「まぁ、ね。そりゃあ皆キャラクターを作る時には当然、下心は存分に満載だよ。勝てばその世界まるごと自分の物になるんだから」
 探し出した本をまた本棚に戻してから椅子に座る。
 前を見ると彼女は顎に手を当てて考え込んでいた。
「……どうかした?」
「いや――なら、なんでその王様を作ったヤツはそんな、ヤル気の無い設定にしたんだろうな、と思って」
 そう言われて俺は苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。
 ……だって、そりゃあ。

「そのキャラクター作ったの、俺だから」

「……は?」
 今度はキョトンとしたような顔で彼女が呟く。
「いやぁ、その頃かなりゲームに飽き始めててさー、めんどいから適当にちゃちゃっとキャラシート作って放置してたら、いつの間にか勝者になっちゃったもんだから焦ったよ。はっはっは」
 なんて、内心失笑気味の笑いを零したりして。
 あぁ、目の前の彼女の顔が険悪になっていく。
「……お前……」
「い、いや!言いたい事はわかってる!世界を何だと思ってるんだ、とか真面目にやれ、とかそういう事だろう?!……で、でも最終的に勝ち残ったんだからいいじゃないか!」
 あたふたと手を振りながら言い訳をする。
 ハァ、と大きくため息をつかれた。
 そして、
「違ぇーよ……」
 少し嫌悪感を含んだ声で
「――お前、その頃からロリコンの気があったんだな、と思っただけだ……」
 そう、言った。
 ……。
 ……え、ちょっと待った。
「いやいや、違う、それは誤解だ!」
「ハァ?」
 未だ胸の前にあった手をパタパタと左右に振った。
 嫌悪感を引っ込めないその表情を真正面から受け止めながら俺は言う。
「あのね、このゲームをやったのはもう相当前の話なワケで。――その頃は俺もピッチピチの十代だったんだよ、わかる?!
 だからその子は同年代だったんだよ!決してロリコンじゃあ……!」
「へぇ」
 ああ、これは絶対に信用してない顔だ。
 それを証拠にこんな事まで言ってくる。
「ロリコン否定するわりには、私の年齢は結構若いよなぁ?」
 なんて。
 確かに目の前の彼女は15歳くらいの設定だ。
 世界を敵に回すにはまだ幼い。……けれど、それにもわけがあって。
「……ルカイアに初めて会った時が、その年齢だったから」
 今でも覚えている。
 父に連れられて行った先で出会った可憐な少女。――可憐なのは見た目だけで、性格はやや凶暴だったが。いや、でもそこもいいんだ!
「だから、またゲームの中で“俺”と出会うならその年齢だ、って決めてたんだ。
 もう一度、最初から――ルカとリランで、始める為にも」
 そう言い切って彼女の目を見据えた。
「――そう、か」
 小さく笑って言った彼女に、俺もまた笑い返した。
 が、
「でも、まぁ、お前がロリコンって事には変わりなさそうだし、関係無いけどな」
「えええええええええ、ちょっとなんでそうなるの?!?!」
 彼女はハンッと嘲り交じりの笑みで、腕を組む。
 そして、
「勿論――勘、だ」
「ちょ、勘ですか!!」
「……いや、まぁ、冗談だが。それはともかく――ロリコンじゃない、というか年齢に拘らないっていうんなら……彼女、成長させてあげてもいいんじゃないのか」
 突然神妙な顔つきになって、彼女は――フレアは言った。
「見る限り、この世界はもう解放されている。だからこのアーリネスとやらがいつまでも頂点に居て、世界を支配“しなければいけない”という事も無いんだ。解放された世界なら、ちゃんと自然の理に戻してあげなきゃ、可哀想だ」
「それは……」
 ……確かに、そうかもしれない。
 でも、と、その世界の事を思う。

 アーリネス=ルド=ジラルデ、彼女の居る世界はゲームの後も何回も妨害を受けてきた。それをその最強設定でなんとか持ち直し、一応平和な世界が続いていたのだ。
 しかし、少し前の事だ。
 俺は手持ちの世界を解放していく作業をしていて、次は彼女の世界だった。
 ずっと見ていなかった世界。さて、今はどうなってるのかな……なんて思って見てみると、恐ろしい事実がわかった。
 なんと、俺達“神=プレイヤー”の仕業では無く、彼女の世界は危機に陥っていたのだ。……あろう事か、別の世界からの干渉によって。
 その世界の内部だけの問題なら仕方ない、戦争で全てが滅びようとも、それはそこの世界だけの話に出来る。
 でも別の世界からの干渉がというのは大問題だ……下手したら全部が壊れる所だった。
 今はもう全て丸く治まったみたいだが、どうにも安心出来ない。
 というわけで、その世界は解放したものの――アーリネスの設定だけは取り消す事が出来なかったのだ。

「それは、って何か問題でもあるのか?おい、ルーツァ!起きてるか?」
「へっ、あ!あ、あぁ……」
 考え事の間ぼーっとしてしまっていたらしい。
「兎に角!お前もロリコンじゃないっつーんなら……せめて年くらいはちゃんと考えてあげろよ。――結構、キツいんだぜ、コレ」
「フレア……」
 彼女も、俺の勝手なエゴで“そういう設定”にしてしまっている。
「まぁ、私の場合、今じゃ好きでやってるような所もあるけどさ」
 ハハッと笑うフレアに、俺は申し訳なくなって項垂れてしまう。
「バッカ、しょげてんじゃねーよ。……そんな事してる暇あったら、その無い脳みそ振り絞って色々考えてやってくれ」
「脳みそはたっぷりある!」
 とりあえず反論しておくと、彼女はやっぱり笑って、
「……じゃ、そろそろ戻るな」
 と、笑みを浮かべたままで消えていってしまった。



 *



 一人になった部屋で、俺は数枚の紙を持ってアーリネスの世界を窺った。
 城の中で変わらぬままの姿で過ごす少女。世界の全てがのしかかるには、小さい体。
「そうだな……せめて、年齢だけでも」
 紙に書かれた情報を見て、一人呟く。
 もともとが長命種の設定なので、いつか彼女が老いて死のうとも、それまでには世界は彼女無しで動けるようになっていくハズだ。
「ヨシ」
 その作業を始めよう、と腕まくりをし、紙を手に取る。
 そして、彼女の他にも、周囲の人間のデータが書きとめてあるその紙を見て少し笑ってしまった。
「……見た目の年齢を気遣ってなかなか手を出せない男達、……ねぇ。今でもきっと下心は持ちまくってんだろなぁ。さて、そんなヤツ等が成長していく彼女を見て、どう思うか」
 想像するだけでついニヤけてしまう。
 きっと少女マンガな展開が待っているに違いない。
 俺はいけないな、とは思いつつ、その展開を期待して作業をすすめる。
 ――これも、ある意味下心って言うのかねぇ。
 なんて、考えながら。
ルーツァとフレア。

2010.5.21.