台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 51 ] 人を裁けるのは事実だけ。

 誰がどう言おうと、どう判断しようと、結局人を裁けるのは事実だけ。
 だから、いくら見てくれが悪くたって、いくら日頃の行いが悪くたって、証拠が不十分なら責めるべきじゃあ無い。

「……と言ってあげたいのはヤマヤマなんだがね、何だ、その、ちょっと君じゃあ無理だねぇ。^^;;」

 目の前の――見た目だけは――人の良さそうな老紳士はご丁寧に顔文字までつけて、そう言った。
 オレときたら両手を屈強な男に捕まれ、足には鎖の枷、口には布が押し込められていて。
「むぐっ、がっ、んぐっ!!!」
 言葉すら発する事が出来やしねぇ。
「いやぁ、普段から善行を少しでもしていたら違っていたのだがねぇ。君ときたら、人の話は聞かないわ、人を殴るわ、すぐ逃げるわ、盗みはするわ。……最終的には殺しまで、とは。恐れ入るよ全く」
 顔の前で手を組み、ハァ、と大きくため息。
「かばい切れるものでは無いよ、本当に」
 さも悲しげに顔を歪めてそう言った。

 冗談じゃ無い!!

 濡れ衣もいいトコロだ!
 人の話を聞かない?――貴様らがふざけた事しか言わねぇからだろうが!
 人を殴る?――抵抗する事の何が悪い!
 すぐ逃げる?――逃げないと、貴様ら、一体オレに何するんだよ?!
 盗み?――オレから奪ったモノを奪い返しただけじゃねぇかっ!

 殺し……?

 一体全体、――何の話しだ……!!!

 はっきりした言葉が出せないもどかしさに、体を動かす。けれど、それさえも拘束されていては思うままに出来ない。
 目の前の男が!ムカツく顔で笑ってやがるのに……ちくしょう!何で、何も言ってやれないんだ!何も出来ないんだ!!

「まぁ、幸い?あの殺されたオトコには私も手を焼いていてねぇ。清々した、というのが本音なんだがね?
 しかし殺しはいけないなぁ、コロシは。
 命ってモノは簡単に奪う事が出来るけど、創る事は出来ないんだよ?」
 やれやれ、と首を横に振ってたしなめるような口調で言った。
「だからその大罪を犯してしまった人間は罪を償う為に、牢屋に長期間入って反省したり、もしくは自分の命を捧げたりするんだよ。
 ……捧げる、というよりは、世界から追放するって言った方が正しいけどね。
 何にせよ、私としてはどちらもナンセンスだとは思うけどねぇ」
 そして思わず背筋がゾクッとするような笑みを浮かべて、

「どうせなら、生贄として、研究のモルモットに使うのが一番だと思わないかい?」

 モノクルの向こう、紫の瞳は三日月に形を変えた。



***



 それから、どうなったのか。
 後ろ手を掴んでいた男(左右どちらかはわからない)に頭を殴られ、気がついたら、

「おや、お目覚めかな?」

 台の上にいた。
 周りは薄青く光る機械と中の水で揺れてる不可思議な形の生命体で埋め尽くされていた。
 天井はコードが幾本も延びてからまって、まるで何かの生き物のようにドクドクと音を立てている。
「どうやらこの麻酔はあまり効かないようだねぇ。ふむ……やはり、違い目には薬の効果を薄める働きがあるのか? ますます研究材料として欲しくなったよ」
 ブツブツと何か呟きながら、メスを手に取る。
「麻酔が効かないから痛いかもしれないけれど、――仕方ないねぇ。じき、何も感じなるからいいかな?」
 何でも無い事のようにそう言って、メスの刃は眼球に沿って肌に突き刺さる。

「っ……?!?!」

 サク

 声にならない痛みが右目から広がってくる。
 涙が流れているような気がするけれど、きっと、違う。
 コレは血、だ。
「っはぁ、はぁ、夢にまで見た違い目……!美しい、これで私の研究は飛躍的に進むだろう!」
 息も荒く手を進める男の眼はどこか違う所を見ているようで。

 だから、あんなに近くにまでやってきていた侵入者に気がつかなかった。



「――それが、“ヒト”が“ヒト”にする事か――」



 まだ切り離されきってない右目と、無事だった左目が、視界の端に茶色い髪を捉えた。
 肩ほどまでのその髪を揺らしながら近づいてくるその子はまだ少女と言っていい程で、この場所が酷く似合わない外見だった。
「なっ?! き、君は何だ?!……ユシアスとディーダはどうした?!」
「あぁ、扉の前に立っていた男達の事かな。 言わなくっても、わかるだろう?」
 男は素早く扉の方へ目を走らせ、そこから伸びてきていた血の流れを見つけた。
「こ、殺したのか。 な、何故だ?!」
「何故? ……何故? さぁ、強いて言うなら“邪魔したから”だけど――実はある女性に頼まれていてね。
 “夫を殺したヤツ等をこの世から葬り去って欲しい”、と」
 そう言って左手を持ち上げる。
 そこには、

「な、ぜ、ここに?! 湖の底に沈めたはずなのに!?」

 “オレが殺した”と言っていた、男性の生首があった。
「三流だな、お前。もう少しくらい言い逃れを期待していたんだが……まぁ、事が早く進むのはいい事だ。
 どんな理由でこの人を殺したのかは知らないが、その罪、その命で償うべきだとは思わないか?」
 彼女はそこまで言って、ふとこちらへ視線を向けた。
「あぁ、勿論。こんな酷い行為、に対しての罰でもいい」
 そして切り離されそうになっていたオレの右目に手を当てて、小さく呟いた。

遅くなってすまなかった

 痛みを発していた右目は正常な状態に戻り、痛みは露ほども感じなくなった。
 拘束されていた枷もいつの間にか外されていて、ゆっくりと起き上がると、さっきまでメス片手に息を荒くしていた男は、
 今度は別の意味で息を荒くしていた。
「き、貴様ぁっ!!私にこんな事をして許されると思っているのか!!私はこの地の領主だぞ!!!ここで一番偉いんだ!その私にこんな……っ、貴様、生きてこの地を出れると思うなよ?!?!」
 右目の辺りを押さえながら床に尻をついたままの状態で後ずさりをしている。
 何故こんな事になっているのか、と疑問に思った俺が彼女の方へ視線を向けると
「まずお前の分、な」
 と優しそうに笑った。
 そして右手をサッと一振り。
「これはパン屋の旦那の分。あそこのパン美味かったのに、味が変わってしまった」
 男の右手が吹っ飛んだ。
「これは橋の側の左官屋の兄ちゃんの分。将来有望だったのに、お先真っ暗だ」
 左手が押しつぶされた。
「これは騎士見習いの女の子の分。もう馬にもまたがれない」
 右足が折れ曲がり、
「これはたまたまこの地に巡業に来ていただけだった、サーカスの曲芸師の分。仕事が出来なくなって、しばらくして自殺した」
 左足は突然火を噴出し、焼け落ちた。

 そこにいるのはもうほとんどヒトの形をしていない、奇妙な生物だった。
「で、お前の、鼓動を刻んでいる心臓は、全ての命を奪った者達へ」
 最後に胸に手を当てて、腕を中へめり込ませた。
「なっ、やめ、や、やめろっ!!!」
「今更命乞いとは恐れ入るよ。ベドルィーニ、呆れた男だな?」
 彼女はおかしそうに笑って、それで、

 コン コン

 突然扉が叩かれた。
 もう既に開かれていたので叩いた人間がこちらから見える。
 ウェーブのかかった紅色の長髪、少女よりも年上と思われる妙齢の女性だった。髪から飛び出た耳はオレと同じように尖っている。
「やり過ぎよ。フレア」
「……アルスラ、来たのか」
 コツコツ、とヒールの高い靴が音を立てる。
 オレの前を過ぎて、フレアと呼ばれた少女と見るも無残な男の前に立った。
「予定と違うじゃないの。熱でもあるんじゃない?大丈夫?」
「そう――だな、少し頭に血がのぼり過ぎたかも。仕方ない、コイツはこのまま放置しておくか」
 ボトと物が床に落ちる音がした。
「後は警備隊の人間がどうにかするだろ。この傷でもそこまで先は長くなくとも、5年は生きれるだろうし。じっくり裁いていくもよし、すぐに殺すもよし――被害を受けた人間に、事実を知る人間に裁かせよう」
 恐ろしく冷たい目で領主を見ながら少女はそう言った。

「さて、と」
 くるりとこちらに振り向き、
「そろそろ行こうか?」
 “オレ”に、そう言った。
「……え?」
「この街を出るんだよ。それともまだ居たいか?一方的な迫害しか受けなかったこの場所に」
「っ!」
 サッと左目を抑えた。
 手の下には紅い瞳。もう片方の目は蒼く、それが原因で辺りの人間には冷たくされた――。
「紅い瞳は疎まれる、それなのに両目の色まで違って……コイツにもずっと狙われていたんだろう?」
 確かにそうだ。たぶん今日の殺しの罪だって、オレを捕らえる為の口実だったんだろう。今までだって何度も研究に協力してくれ、と言われ続けていた。
 でも。――いや、だから。
「アンタ達と、どこに、何しに行くって言うんだよ?アンタ等だってオレの目を狙ってきたんじゃないのか?!」
 思わず一歩下がった。
 すると少女は肩を竦めて笑った。
「心外だな。私はこれっぽっちもそんなものに興味は無いさ。やろうと思えば自分の瞳の色くらい変えられるしな」
「……じゃあ、どうして?!」
 そう言い返すと今度は紅髪の人が口を開いた。
「説明がめんどくさいわね。――ホラ、ちょっとコレ見てみなさい」
 言うやいなや、さっきまでイカれた男が手にしていたメスを拾い、自分の腕に突き立てた。
「なっ!?何してっ!」
 グサリとメスは腕に吸い込まれたが、引き抜くとそこの傷は何もなかったかのように消えうせた。
「じきに――君もこうなるだろう」
 少女がそう言いながら、こちらへ手を差し伸べてきた。
「だから、一緒に来い。こうなった後ではもう遅いから」
 今起こった事は、はっきり言って理解出来なかった。だって、刃が刺さったら、血が出るはずなのに。傷が残るはずなのに。
 言われた意味もわからない。オレもこうなる……?何で?オレが?
 少し考えて、だいぶ考えて、かなり考えた後、



 でも、そんな事はどうでもいいと思った。



 オレは目の前の手に自分の手を重ねた。
「こんな街居たくない」
 パン屋の旦那はいつもオレを見ては酷い言葉を投げつけてきたし、
 左官屋の兄ちゃんはすれ違う度に偶然を装っては道具を頭に落としてきた。
 騎士見習いの女の子には馬で何度も追いかけられたし、
 曲芸師の男は数回しか会わなかったけど、商売道具の円刀の試し切りとか言って腕に幾つもの傷をつけられた。

 だからと言って、五体不満足になって欲しいわけでも、死んで欲しいわけでもなかった。
 こちらから思う事はほとんど無かったけれど、
 それでも無い方がマシなのは当たり前で。
 今後この街に居ても、オレに対しての新たな加害者が出るだけで一つもいい事なんて起きそうにないから。

「アンタ達についていく。ここよりはきっとマシなんだろ?」
 そう言ってぎゅっとキツく手を握り返したら、
「えー……あー、うん、まぁ、そうか、なぁ?」
 物凄く曖昧な答えを返されたけど。



 * * *



「うわー!何この子!かっわいー!色違う!すっごーい!!」
「ちっちゃい!あ、耳尖がってる、お仲間さんだね〜」
「いやいや、俺はノーマルのーまる……いや、だから違うって、ショタじゃねぇって……」
「生意気そうなヤツだな。でもヘタレよりマシか!よーし、お前ちょっとこっち来い!稽古つけてやるぞー!」

 その村に着いたら、熱烈な歓迎を受けた。
 何だコレ。
 何だ、コレ?!

『……ま、傷つけられるような事は言われないだろうけどさ――何つーか、あそこの人等、一部すっげーテンション高くて疲れるぞ、きっと』

 あの曖昧な答えの後に付け加えられた言葉を思い出す。
 ……これの事か。

「ねぇ、ところでさ、君、名前は?」
 寄ってきた人達は皆オレと同じように尖った耳を持っていて、この耳についてとやかく言うヤツは絶対に居ないだろう。
 それに違い目の事だって、あんまり気にしてなさそうで。
「……リーテス」
「え?」
「リーテス=ファイン!だ!」
 ここでなら、楽しく暮らしていけると心からそう思った。
リーテスさん過去話。ボツになった分では違う登場の仕方でした。
忘れてる、忘れてる!参るね、あっはっは!
右目が蒼くて、左目が紅い。……何回か間違えてる気がするんだぜ!

2008.12.7.