ティカの小さい頃の話。
自分はフレアとファルちゃん(これではリランだけど)のセットを書くのが好きらしい。
恋愛には絶対発展しない二人なので気軽に書けるというのもあるのかもしれん。
2008.7.22.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 37 ] 不安を不安と言える勇気を持て。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
暮れ行く夕日。
家にはただ自分一人きり。
けれど目の前にはまだ人が居る。
「じゃあ、留守番頼んだぞ?」
ぽんっ、と頭に手を乗せられる。
その心地よさに一瞬言うべき言葉を忘れそうになるけれど、手が退いた瞬間思い出す。
でもなかなか切り出せない。
だって、この人は今から大切な用事があって、出かけなきゃいけないのに。
今更一人が怖い、だなんて言って困らせたり出来ない!
「明日の夜には帰るから。それまで大丈夫か?」
オレの不安を感じてしまったのか、その人は心配そうにかがんで顔を覗き込んでくる。
「だっ、だいじょうぶだ!」
精一杯に虚勢を張る。
ホントは全然大丈夫じゃないけど、でも、困らせたくない。
「そうか……? まぁ、ティカももう6歳だもんな。頼りにしてるぞ」
くしゃくしゃ、とまた頭を撫でられる。
そうだ!オレはもう6歳なんだから、一人で留守番くらい出来なくっちゃいけないんだ!
怖い気持ちを必死で押さえつけてニカッと笑う。
「だ、だいじょうぶだから!師匠はさっさと出かけるんだ!おくれるぞ!」
そしてぐいぐいと押しやった。
そんな様子にクスと笑って、
「じゃあ、行ってくる」
と、言って――その人は魔法を使って一瞬で居なくなった。
あっという間に消えうせてしまって、途端背筋がぶるっと震えた。
いきなり一人になって、その恐怖が蘇ってきたからだ。
「だ、だいじょうぶ……だいじょうぶ。 いつもいる家にただ一人ってだけじゃないかっ」
そう言いながら玄関の扉を開け、パチリと電気を点けた。
パッと明るくなり、
――――誰か、居た。
「お留守番大変だね」
オレはもう何が何だかよくわからなくて、ただ、そこに突っ立ってた。
だって、何で?
この家にはオレと師匠の二人しか住んでなくて、その師匠は今出かけたトコで。
オレは留守番を頼まれて――それで、それで。
「ど、どろぼ……!」
「はいはーい、違うから!俺達はカワイソーなティカちゃんを見守りに来てあげたんだよ?」
「……お前、そのバカにしたような言い方はやめろよ。あからさまに怖がられてるじゃないか」
はぁ、と大きく息を吐いたのは茶色の髪のお姉さんで、隣のバカっぽそうなのは金色っぽい髪をしていた。
二人とも赤い瞳で、それはオレや師匠と一緒だった。
っていうか。
「なんで……オレの名前しってるんだ?!」
ズザッと後ろに下がりながら叫んだ。
すぐに扉まで辿りついてしまって下がれなくなり、恐怖が体を支配する。
「んー、アレ?何か情報食い違ってね?」
「――そのようだが、まぁ、いい」
何かわけのわからない事を話しながらこちらへ茶色の髪の人が向かってきた。
「そう怖がらないでくれよ。私達はミライザの知り合いでね。彼女、今日出かけただろ?だから君が一人で怖いんじゃないかと思って――遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」
ふわり、と笑いながら手を差し伸べられる。
その笑顔は何だか信じられる気がして、つい、と手を伸ばした。
「べつに……めいわく、じゃない」
握った手は温かかった。
「改めて自己紹介しよう。私はフレア」
「俺はリラン。二人とも別の名前もあるけど、今んトコこれだから」
???
「バーカ。ンな事言ったって意味わからないだろ。あ、別に気にしなくていいから」
首をかしげた俺に取り繕う様にフレアが言った。
横ではリラン、と名乗った男が「えー、でも」と言っている。何だか……ホントにバカそうだ。
「アレ、俺今なんかムカッときちゃった。ティカちゃん何思った?」
ガシッと胸倉を掴まれて凄まれる。
こ、この人――怖い!
「バカッ!!お前、何早速脅してんだよ!!まだこんなに小さい子に凄んでどうする!?」
「えー、でもでも、ムカツク面してるしさぁ。それに絶対今俺様の事“バカそう”とか思ったもん!」
「“思ったもん!”じゃないっての!それにお前はマジでバカだから何の問題も無いじゃないか!」
「ひ、酷い!!!聞いた?今の聞いた?ねぇ、酷くない、フレアって!!」
そんな事オレに聞かれても……。
まだ胸倉を掴まれたままなので至近距離で繰り広げられる言い合いは頭にガンガン響いた。
それにクラクラしかけると、やっと気づいたのかフレアがリランの頭を叩いてそれをやめさせてくれた。
「ごめんごめん。つい忘れてた」
正直な人だ……。
けほけほっと小さく咳をしながらそう思った。
「さて、と。もう晩御飯の時間だなー。ティカは晩はどうする予定だったんだ?ミライザ何か言ってた?」
時計を見ながら言うフレア。
オレはふるふると首を横に振った。
「そか。じゃあ、いつもはどうしてる?」
「……師匠がパパッと作ってくれる」
そう、いつもご飯の時間になると手伝いには呼ばれるけどせいぜい食器を並べたりするだけ。食事自体は全て師匠が作ってくれていた。だから今日はオレ一人で、それも不安の種の一つになっていた。
「――ミライザ、マジで何も言わなかったのかよ。あのオバサン、そういうトコうっかりさんかよー」
「なっ!師匠の事オバサンって言うな!!!」
後ろでリランがぼそっと言ったのが聞こえて振り返った。
「オバサンって言ったら――すごく怒られるんだぞ!?」
「「……」」
二人の目が点になったような気がした。
「し、信じられないミライザのアホ。こんな小さい子に何を言っているんだ……」
「いや、俺は十分想定内。フレアにはわかんないだろうけど、結構年行った女性はそういう事に敏感なワケよ」
じゃあ何で男のお前がわかるんだよ、とフレアがすかさず付け加えていたけど、リランは秘密vと口元に指を当てた。
リランって……バカな上にウザそうだ。
「ティーカーちゃーん?今何思った?!」
げげっ、心でも読めるのかこの人はっ。
慌ててフレアの影に隠れた。
「リラン、そうすぐに威嚇するなって。ホラ、ティカが怯えてるじゃないか」
ぽんっ、と頭に手を置かれる。そして撫でられる、その感覚は師匠のとは違うけど、何だか心地よかった。
「さてはて……じゃあ困ったな。見たところ材料もあんまり無いようだし――ミライザのヤツ、どこかへ食べに出ろって事なのか?」
冷蔵庫や野菜かごを覗きながらフレアが言った。
「そうなんじゃね?まぁ、俺等に料理作らせたくなかったとか。お世辞にも上手いとは言えないしなぁ、二人とも」
「うっ」
フレアが固まったのがよくわかった。
二人ともそんなに料理下手なんだ……。
「し、仕方ないな! ここの近くの街にでも出かけるか。ティカは何が食べたい?」
「え、べ、べつになんでもいいよ」
「こういう時は好きなモン言っといた方がいいぞ!ちなみに俺はハンバーグが食べたいです!!!」
「お前の意見は聞いてないよ」
バシッと殴られていたけれど、オレが
「ハンバーグたべたいかも」
と呟いたのを聞いて、その殴っていた手はすぐにオレの頭を撫でるのに使われた。
「だなー。ハンバーグ美味しいもんな。 じゃあ、いいお店探しに行こうか」
「ちょっ、フレアさん!俺に対しての態度と全然違うじゃあありませんか!!!差別反対!!」
「やかましい」
リランはまたバシッと殴られた。
*
「うわー、流石にこの時間は人が多いなー」
やって来たのはオレがちょっと前まで住んでた街。両親が居る街。
「確かティカん家は宿やってたよな。そういうトコって大抵食べるトコもあるんだけど、ハンバーグとかありそう?」
「うん……ある、けど」
「けど?」
ぎゅっ、と服のすそを握り締める。
「行きたくない」
本気で行きたくないわけじゃない。でも……。
そっ、と握り締めていた手を外され、温かい手に包まれた。
「どうして? お父さんやお母さんに会いたくないのか?」
優しく訊かれて、目の周りが熱くなっていくのを感じた。
「会いたくない、わけじゃないよ! でも、会えない! だって、会ったら、きっと帰りたくなるもん!!」
涙が零れる。
手は握られたままなので拭うことも出来ず、地面にぼたぼたと落ちた。
「そっんな、ことになっ、たら、師匠こまる、もん。 きらわれちゃう、かも、しれないもん!」
手を外されて、いつの間に取り出したのかハンカチで涙を拭ってくれる。
「バカだな。何でそんなのでミライザが嫌うだなんて思うんだ?」
「そーだぞー。いくらなんでもそこまで心狭くないって!」
そしてリランに後ろからいきなり抱き上げられた。
この細腕のどこにこんな力があるんだろ、と思うくらいすんなりと持ち上げられ、オレはその腕に腰掛ける形になった。
「ていうか、そういう不安な事とか、ミライザに言ってるか?ちゃんと言わなきゃダメだぞー?」
少し低い位置にあるリランの顔がこちらへ向けられた。
「そりゃあ世の中には人の考えてる事がわかるっていう力持ってるのもいるけど、そんなの滅多に居ないんだから。
思ってる事、はっきり言葉にして伝えないと、わかって貰えないぞ!」
ガツッ、とおでこをぶつけられる。
結構強く当てられたので痛かった。だからおでこに手をやって、
「いたい、よっ」
と言うと、
「そーそー、そんな風に。な?」
そう返されてしまった。
「リランの言う通りだな。例えば何かに立ち向かったりするような勇気も必要だけど、自分の弱い所をさらけ出す勇気だって必要なんだ。
だから、不安を不安と言える勇気を持て。言葉にした分だけ、ミライザにはちゃんと伝わるはずだから」
フレアにもそう言われて。
赤くなってきただろうおでこを押さえながら、
「……うん、そうしてみる」
と小さく呟いた。
「よっしゃ!じゃあ善は急げだな!」
「だな。腹もピークなようだし」
抱き上げられたまま、二人は一点を目指して進んでいく。
「えっ、ちょっと」
「ハンバーグ、あるんだろう?」
「あると思うけどっっ」
「だったら問題ねーじゃん!サクッと行って、美味いモン食べまくろうぜ!」
宿と酒場のマークが描かれた看板が下がる建物。
扉を開けるとドアベルが鳴る。
その音を聞いて料理を運んでいた女の人と奥に居たコックがこちらに気づいて――
* * *
「はぁー、食った食った。相変わらず美味かったなぁ、あそこの料理」
「そうだな。味落ちてなかったみたいで安心した。ティカがミライザんトコに行く時ものすごい沈んでたもんな」
リランの背中に寝てしまったティカを乗せて三人は家路を行く。
「……コイツも、まだまだ子供だなぁ。お腹いっぱいで眠くなるとか。ホント、可愛いの」
「フレア。お前、それショtいや何でもないです」
後ろを振り返ると点々と灯る街明り。奥まった場所にあるミライザの家へはもう少し歩かなければならない。
「やっぱりさ、子供にとって親の存在って大きいよな。俺にはそういうのよくわかんなかったけど、フレアはどうだった?」
「うん、大きかった。結局私のせいで死んでしまったけど、すごくいい人達だったから今でも存在はすごく大きいよ」
遠い昔に想いを馳せる様に空を仰ぐ。
「いいねー。俺んトコの親父なんてアル中だし頭イカれてたからすぐに俺の事殺そうとしてきたしなー。オカンなんて誰だか知らないくらいだし」
「お前のそのひねくれた性格はそんな状況で形成されたのか?それにしては少々カルいが……」
「いや、それは生まれ持った俺様の取り得でしょ。まぁ、何にしてもさ、いまいちわかんないやそういう親子の愛情って」
でも、と背中にかついだティカをチラリと見る。
「あーいうの見るとやっぱり良いんだろうなーって思うよ。さっきあんな事偉そうに言っちゃったけど、不安な事があったとして、それを言える人なんて周りに居なかったし。ホント、コイツの事そういう点では羨ましいって思う」
リランがそう言うと、フレアは驚いたようにそちらを見た。
「なんだ、お前にも不安な事とかあったんだ?」
「……フレアね、俺の事なんだと思ってんの?」
「いや、――でもそうだな。今もし、不安な事があったら……遠慮なく甘えてくれて構わないぞ?」
少しの間の沈黙。
そして、
「「ぶはっ」」
二人して噴き出した。
「あっはっは!!いいな、それ!じゃあ遠慮なく甘えさせて貰っちゃお!頼むぜフレアちゃ〜ん」
「あ、そういう甘え方は断固拒否するから」
「そう言わずに〜、ね〜」
「バカッ!ティカが落ちるぞ!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そんなアホなマネはしないから」
夜道に二人の笑い声が響く。
ぽぅっと仄かに灯る光が遠くに見えてきた。
オレは。
そんな二人のやりとりを夢うつつに聞きながら考えていた。
両親の事は確かにずっと不安に思ってたけど、実際に会っても帰りたいとか思わなかった。
勿論会えた事は嬉しかったけど、オレにとって、もう“帰る”家は師匠と一緒に住むあの家しか無いんだって思えたから。
だからもう大丈夫。
でもそれ以外にもまだ不安はあるから、師匠が帰ってきたらとりあえず、
――ホントは一人で留守番は怖いから、置いていかないで。
そう言おう、と思いながら夢に落ちていった。