作家と編集話。編集視点。というよりただの幼馴染&親友のバカ話。
下手するとアレな話やらシリアス方面やらになりかねんので怖いどす。
2008.10.18.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 34 ] ありったけの愛で揺すって。
「たまにはねぇ、ラブコメ要素も入れてみたいワケなんだよ」
そう、目の前の作家が言った。
「じゃあそうしたらいいんじゃないですか」
至極もっともな返答をすると、作家先生は何故かウッと詰まった。
――――いや、その理由を俺はなんとなくわかるから、“何故か”ではないけれど。
「ひっ、酷い!君ってヤツはわかってるくせにサラッと流すつもりなんだね?!」
「……いやいや、編集にネタ求めるお前の方が酷いっての」
パタパタと手を顔の前で振った。
口の端は下がり、眉間には自然と皺が寄る。
「だって、知ってるだろう?……小学校は体弱くてほとんど行ってないし、中高は男子高、大学もほぼ男子の講義ばかり。……そんな状況で僕にどうやって恋の華を咲かせろって言うんだよ!」
ダムッ、と机に両手を勢いよく叩きつける。
確かにそれは仕方ないっちゃー仕方ないかもしれないけど……。
「いや、だったら、わざわざ無理して入れる必要性は無いと思うんですけど」
「だって!」
バムッ、と再び机は叩かれ、再び同じフレーズで彼は言葉を紡ぐ。
「だって――そういう要素あった方が、ほら、こう、ウケ……が、だね良さそうで!」
わたわたと腕を上下に動かしてリアクション付きで一生懸命説明をしてはいるが……、
「――だからって、俺の実体験をそのまま使うのはマジ勘弁してくれ……」
*
だいぶ前に似たような事を言ったヤツに対して、俺は深く考えずに色々と話してしまった。
小学校から高校までは一緒だったからともかく、大学は別だったからその辺りの話を。
幸い俺は容姿では恵まれているらしく、可愛い女の子とめくるめく……まぁ、そんな感じの話を何も考えずにスラスラ話してしまっていたのだ。
そしたら、だ。
毎度の如く――正直な話、“毎度”にするなと言いたいが――締め切りギリギリに提出しやがった原稿を読むと、どこかで聞いたような展開が。……むしろどこかで“話した”ような展開が。
要するに、恋愛経験がゼロに近いコイツは、俺の話した事をぼかしつつもほとんど丸まま取り込みやがったのだ。
変えさせようとしたが、筋的におかしくはないし、何より時間が無く、そのままで通ってしまったのだが……。
「えー、だってさぁ、僕そういうの思いつかないし!」
「えー、じゃねぇよ!だったら何か?お前はSFやファンタジーは書けないと?実体験が無くとも、想像でなんとかするのが創作者ってもんだろ!」
物書き然り、絵描き然り、他にもクリエイターならなんとか出来るだろうに……。
「そりゃぁ、ね!なんとか出来るものならやるさ!……でもこういう、恋愛とかはやっぱり少しだけでも経験が無いとどうにも薄っぺらい内容になってしまうというか……、いや、恋愛に限らないんだけど」
モジモジとでも形容すべきか。
両手の指をつけたり離したりしながらボソボソとしゃべる。
「と、にかく。――身近に参考になりそうなモノがあるなら活用すべきかなぁ、なんて」
「断る!」
ったく、モノとか、活用とか、失礼極まりないぞ、その言い方。
「大体っ、出来ないモノを無理にするな!ってので話は片付くだろーがっ」
「だーかーらー、僕は読者の事を考えて、だね!」
あー言えばこー言う。
ふぅ
少しばかり睨み合いになってしまっていた視線を無理やり外して息を吐いた。
――あぁ、仕方ない。
「だったら……こうしよう。とりあえずお前がお前の想像した展開で書く。そんでそれを俺が読んで、ヤバそうだったら何か話してやっから」
「わお!ありがとう、貴靖ぅ!」
「まだ話すって決まってるわけじゃねーだろ!ったくー、添削期間も含むからその分今回は早く上げろよなっ」
背中を押して書斎へ押し込む。
「りょーかいっ!えへへへ、楽しみだなー」
カルい声を扉の向こうへ追いやった後、俺は盛大にため息をついたのだった。
* * *
「えー何々」
いつに無い速さで上がった原稿を渡されたのはついさっき。
目の前には「早く(体験談を)話してよ」と目をキラキラさせている作家。
いやいや、ちょっと待て、俺まだ読んでねぇじゃねーか。
コホン
「えっと……?」
人物はとりあえず2人。この物語の主役である刑事と被害者の妻。未亡人という事か。
って、何でこんなハードル高くしてんだコイツは?!
---
『……私まだ夜が怖くて仕方無いんです。このベッドの横で、いつも寝ていた筈の主人がもういないだなんて!確かにあまり夫婦仲が良かったとは言えませんけれど、それでも……やはり夫だったんですもの』
『奥さん――心中はご理解しますが、しかし、少しは休まないと倒れてしまいますよ。顔も真っ青だ』
そっ、と思わず手が伸びた。
白い肌に指先が触れると、サッと頬に朱が走るのがわかった。
『ねぇ、刑事さん……』
僕の手に沿わせるようにして彼女の手が上がってきて、両手で包み込まれた。温もりが伝わってくる。
『な、何でしょうか』
潤んだ瞳が見上げてきた。
『怖くならないように、抱きしめてくださいませんか?――出来ることなら、ありったけの愛で揺すって、もう全て、忘れさせて……』
縋り付いてくる手が一旦落ちて背中に回った。
僕は少し考えた後――彼女を抱きしめた。
---
「……なんか、2時間ドラマ見過ぎって感じがすんだけど……」
率直な感想。しかもコイツぁ、大人向けな香りが微かだけどしかねないような……、いや、ホント少しだけ。
でもそこまでおかしくも無い――ような気も、する。
「別にこのままでもいいと思うけど……あ、ちなみにこの後の展開はもう決まってるのか?」
――刑事は未亡人と結ばれちゃって、イチャイチャしつつ犯人も無事見つけて万々歳……となるのは、ちょっとばかり簡単過ぎる、か?
なんて事を思いながら、そう訊くと目の前の作家はパァッと顔を輝かせた。
「あぁ、勿論だよ!」
そして、
「その未亡人が隠し持っていたナイフで刑事を刺すんだ!」
ちっちっちっ チーン
「は?」
「だから!いつの間にか、その未亡人が背中に回した手に持っていたナイフでグサッと刑事を一突きだよ!刑事は一瞬何の事やらわからずに突っ立ってるけど、刺された事に気づいて、やっと犯人が誰だったのか、って事にも気づくんだ。
それで緊急逮捕しようとするんだけど、刺された傷のせいで意識を失って――
その後、倒れた刑事に未亡人が近づいてキスをして、「本当に好きだったのよ」と言ってその場を去るっ。
でね、実は未亡人と刑事は昔の知り合いで!再会しても刑事は気づいてなかったんだけどね。でさでさ!昔、未亡人は刑事の事を好きだったんだ。でも色々あって他の人と結婚して……そしたらその旦那が酷い男で!暴力とか振るう系のヤツなんだよ!もう耐え切れなくなった未亡人は夫を殺してしまうんだよね。
最後は刑事を刺してしまった罪悪感や自分の境遇に疲れてしまったのか、崖から身投げーでさようなら。
うーん、悲恋だねぇ」
ウムウム、と腕を組んで、首を上下に振りながら悦に入る作家先生。
ってお前。
「ラブコメ要素はどうした?!」
ラブはともかく、コレのどこにコメディが入ってるってんだよ。……刑事が刺された傷を触って、血まみれになった手を見て「なんじゃこりゃあ!」とでも言うのかよ?
そうツッコんでやると、「あぁっ!」と大声を上げて、ポムッと手を打った。
「すっかり忘れてたよ!どうしよう!?」
俺が知るかい!と叫びたくなるが、そこはグッと我慢だ。というか俺にも関係のある話だから真面目に考えなきゃ仕方ない。
無理にニッコリと笑みを作って、
「あ、絢人?コレはきっとお前はラブコメを書くべきじゃないっていう神様の意思なんだよ。だから、な?無理に書くのはやめよーぜ」
「僕仏教徒だからキリストはどうでもいいよ!むしろ読者の皆様が神様なワケで、僕はその神様達のニーズに答えるべく……!」
また、ジリジリと睨み合いが始まってしまった。
しかし今度は先に折れたりしないぞ!
――折れたが最後、根掘り葉掘り聞きだされるのが目に見えているからだ。
そんでもって、哀れな俺の体験談はコイツによって文字化され、きっと今度も修正が効かずにそのまんま書籍化まで行ってしまうのだろう。
そしたら俺はどうなる?!
全国レベルで生き恥晒しな状態じゃないか!
あぁ、もう、ホント。
マジで勘弁してくれ……!
まだ尚、ニーズがどうとかこうとかで食い下がらないヤツを宥めながら、俺は心底思ったのだった。