台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 15 ]  眠れぬ夜は傍に居て。

 コンコン

 もうとっくの前に皆寝静まっただろう午前1時過ぎ。
 何となく眠れなくて本を読んでいた俺の耳に扉をノックする音が届いた。

 カチャ

 余り大きな音を立てぬように開けたその先には何だか今にも泣き出しそうな顔をした彼女が居た。
「……どうしたんだ、フレア?」
 そう呼びかけて、「入れよ」と、とりあえず部屋の中に招き入れる。
 彼女はコクリと頷くと、持参していたらしい枕を持って中に入った。

 ついさっきまで読んでいた本にしおりを挟んで本棚に戻す。
 生憎俺の部屋には来客用のソファセットなどはないので、彼女を一つだけある椅子に座らせた後、自分がベッドに腰掛けた。
「さっきも聞いたけど。……どうかしたのか?」
 まぁ、何かなければこんな時間にココに来ることはないんだろうけど。
 俺の問いに持参した枕をぎゅっと抱えたフレアは
「ん、ちょっとな……」
 とだけ答えた。

 ……。
 ……うん、“ちょっと”と言われてもなぁ。

「ちょっと、って何かあったんだろ?そうじゃなきゃお前がこんな時間に来るハズねーし」
 少し訝しげに目を細める。
 すると彼女はすっくと立ち上がって、椅子に枕を置くと、ベッドに座る俺の隣に腰掛けた。
 そしてそのまま、肩に寄りかかられる。

 はっきり言って、ヤバイ。
 可愛すぎると思う、いや、ホントに。

 そのまま抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えて、何とか肩を抱くだけに留める。
 いつもは高く結っている髪も今は下ろされていて、シャンプーの匂いがした。
「……を、・・んだ」
「え?」
 不意に彼女が口を開いた。
 何を言っているのかわからないので、つい聞き返す。
 その疑問音で俺に聞こえなかったのだとわかったからか、もう一度恐らく同じ言葉を繰り返した。

「夢を、見たんだ」

 とても怖い夢を、見たんだ。

 そう、彼女は言った。
 俺はただ肩に回した腕に力を入れる。
 ――どんな? とは言わない。話したかったら、彼女から言うはずだから。
 思った通り、しばらくすると彼女はポツリポツリと話し始めた。
「昔の……夢。お前と会った頃の……きっと、お前が死んだ日の夢」
 ズキン、と心臓が痛んだ。
「私、夢の中であの街に居るんだ。急いでお前の家に行こうとするんだけど、王家の兵士達が邪魔して。本当に急いでたから、感覚も残らないくらい簡単に殺していって。何も感じずに命を奪っていって。
 そしたらもうすぐお前の家だ、って時に今まで殺したヤツが亡霊みたいなのになって足引っ張るんだ。“行かせるものか”って、邪魔するんだ。いくらなぎ払ってもまだたくさん居て、先に進ませてくれないんだ。
 でも何とか全部追い払って、お前の家に着いたらさ――死んでたんだ。夢のくせに現実と一緒みたいに。それでやっぱり、その後現実と同じように、お前を生き返らせて……な」
 一度言葉を切る。
 微かに震える身体と声は、何かに怯えているようだった。
 俺も正直――この類の話を聞くのは怖かったから、それを隠すように、フレアの震えを止めるように。
 肩に回した腕をずらして、抱きしめた。
「そしたらお前さ、生き返ったと思ったらすぐに私の首絞めてさ
 “お前のせいで殺されたんだ!その上こんな身体にしやがって!”……って言っ、てっ」
 腕の中の彼女は縋り付くように泣いていた。
「それで目、覚めたんだけど私っ、夢の中でもお前にそんな事言われるなんて思ってなくってっ、でも考えたら当たり前の事だったんだっ。私達があの場所に居なければ死ななかったんだ、お前は……あの街の人達は。
 現実じゃそんな事、一言も言わなかったから、お前そんな事全然言わなかったから、私忘れてたんだ。なのに勝手に殺して、勝手に人間やめさせて、勝手に連れ歩いて、勝手にお前の人生決めてっ。
 恨まれて、当然で……。 もう一度寝ようとしても、次にまた“誰か”の死んだ時を見るのが怖くて、寝れなくて――目を瞑るのが怖くて」
「もういい」
「どうしようもなくって。誰かの近くに居たくて、お前しか浮かばなくて」
「もういいんだ、フレア」
「でも本当にあの夢みたいな事思ってたら、ってやっぱり怖くて。……それでもお前の傍に居たくて。お前に傍に居て欲しくて……っ」

「フレア!」

 少しきつく呼びかけると、彼女はビクッと肩を振るわせた。
 その華奢な肩を強く抱いて、俺は言い聞かせるように囁く。
「大丈夫だ。それは夢でしか無いんだ――現実の“俺”はそんな事思っちゃいないよ?
 確かにあの時お前があの街に来なかったら俺達は死ななかったかもしれない。でもそれだったらお前に会えなかったんだ。それにどんな身体だろうと、俺が俺であればそれで良い。フレアの傍に居て、こうして眠れぬ夜は傍に居て。……慰めてあげれたら、それで良いんだ」
 まぁ、勿論他の事もしたいけど……と、小さく呟く。
「でもっ!お前――っ」
 まだ何かを言おうとするフレアを遮って、言った。


「俺は、今幸せだからそれで良い」

 だからお前は何も気にする必要なんて無いんだ、と。


「ジャッ……ク」
 腕の中からそう言った彼女をきつく抱きしめる。
 涙声に混じりながら、
「すまない――ありがとう……」
 そう、言ったのが聞こえた。



 * * *



 あの後、泣き疲れたのかフレアはそのまま眠ってしまった。
 もう怖い夢も見てないのだろう、微かに笑顔を浮かべている。
「……おやすみ、フレア」

 俺はまだ、眠れそうにない。
また魔術師関連。ネタばれ臭いですが、それもまた一興。
フレアさんとジャックさん同居中。他にも一緒に住んでる人いるんですがそれはまた別のトコで。

2005.9.4.