感情で10題、「06. 驚く」に出てくる二人。
きっと、そっちを読んだ後の方が意味がわかりやすいです。
これもまた一つのバカップル、という事で。
2005.9.1.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 14 ] 要するに愛しちゃってるワケよ。
「……何度言ったらわかるんですかね、貴方は」
「うーん、咲ちゃんが言う度にキスしてくれたらいつかわかるかもv」
次の瞬間、追い出されたのは言うまでもない。
* * *
少し前に隣へ越してきた年下の親戚。
その子は今時の女の子らしくない、三つ網にびんぞこ眼鏡、冴えない服装……そんな格好の子で。
俺としてはただの親戚の子としか最初は思ってなかったんだが、部屋割りで俺の部屋のすぐ近くになった事から状況は変化した。
俺の家と彼女の家はかなり隣接していて、部屋もおかげで(?)相当近かった。
となると、アレだ。
窓から窓へ こんにちは。
……やるしかないっしょ、コレはよう!
てことで、ただの親戚の子としか認識していなかったその子の部屋によく遊びに行くようになったのだ。勿論、窓から。
でも彼女はそれを嫌がる、嫌がる。それはもう毎回辛らつなお言葉をくれたものだった。
「猿ですか」
だとか、
「いつか落ちて死にますよ?てか死んでください」
だとか、
「読書の邪魔です。すぐに消えてください、この世から」
だとか……って、ホントに酷い事言われてるよ俺……。
で、まぁ、そんなやりとりをしている内に彼女の格好にも目が行くようになって。
一番気になったのがやっぱりびんぞこ眼鏡だった。
小母さんはすごい綺麗な人だし、小父さんだってカッコイイ人なのだ。彼女だってその血を受け継いでいるのだから当然可愛い!……ハズ。
でもびんぞこ眼鏡のせいでいまいち素顔がはっきりしなくて。
俺は気になって、気になってしょうがないから、いつしか彼女の部屋に行く度に素顔を拝もうとするようになっていた。
そしてついこないだ。
念願は果たされた。
彼女の、咲ちゃんの素顔を見ることが出来たのだ。
見れた素顔はホントにあのびんぞこ眼鏡の人ですか?と言いたくなるくらい可愛くて。ていうか別人じゃん、とか心の中でツッコミを入れたりなんかしちゃった程だ。
だから俺はこう提案した。
――コンタクトにした方がイイ!
と。
そしてソレに返ってきた答えがコレ。
「何言ってんですか、私普段はコンタクトです」
……それ以来、なんだか心の奥の方にもやもやっとしたモノが出来てしまって。
いや、何が原因かも、コレが何なのかもよぉ〜くわかっているのだ。
つまり、俺は彼女を好きになってしまったのだ。
無論!顔が良かったから、とかそういう理由だけではない。
たぶん素顔を見る前から好きだったんだと思う。だってそうじゃないと、あーまでして毎日部屋に押しかけていた理由がわからない。
ふっ、俺ってば基本的に去るもの追わずの人だから!!
……威張れるよーなコトじゃないんだけど。
自分解析だが、きっと素顔を見たことで何か枷みたいなのが外れたんだと思っている。
咲ちゃんは俺より5つも年下で、しかも三つ網にびんぞこ眼鏡とかそういう幼く見える要素がこれでもか!と盛り込まれていたのだ。……そのせいでたぶん“好き”という感情に“イケナイお兄さんの気分”がブレーキをかけていたのだと思う。
でも素顔を見て、それが年相応に見えたから。
きっと、“イケナイお兄さん”はどこかへ飛んでいってしまったのだ。
* * *
「いや、でも全く相手にされないってのも悲しいモンだよな……」
締め出された扉の前で俺はそう呟いた。
ちなみにここは咲ちゃん家の2階の廊下。いつもは窓から出入りする俺だけど、こうして咲ちゃんに追い出された時はちゃんと玄関から帰るのだ。だから追い出される場所はいつも扉の向こうの、この廊下。
別に俺は窓から追い出されたっていいんだが、咲ちゃん曰く
「猿も木から落ちる、コトもある」
らしく、自分から追い出す時は常にこちらにするのだとか。
つまりは“俺も窓から落ちる”……可能性があって危ないから普通に帰ってください、って事だ。
心配してくれてるのかぁ、と思うと自然と顔が緩む。
キィ……
廊下で一人、顔をニマニマさせていると目の前の扉――つまり咲ちゃんの部屋の扉――が開いた。勿論、開けたのは咲ちゃんで。
「人の家の廊下でニヤニヤするのやめて貰えませんか?」
開口一番、彼女はそう言った。
「アレ、咲ちゃんどうしたの?トイレ?」
ジト目の彼女にそう訊いた。
すると彼女はその目を“睨み”に変えてこっちを見据えてくる。
「本当にデリカシーの無い人ですね。実際にそうだったとしても正直に答えるとでも思っているんですか?」
「いや、全然」
小さく笑って肩を竦めた。
その様子に呆れたように彼女は溜息をついた。
「で、どうしたの?あ、もしかして俺に用事とか?愛の告白とかなら24時間いつでも受け付けてるから!」
胸を張って言うと冷たい視線と共に、
「その予定は全くありませんので大丈夫です」
と返された。
わかっていた答えだけど、やっぱり堪えるよ……。ガクーッと漫画なら縦線を背負っちゃいそうなくらい肩を下げて息を吐く。勿論背景はブルーだ。
そんな俺をやはりジト目で見ながら、彼女は言った。
「用事……がある事はあるんですが」
「えっ?! 何なに?!」
一瞬で浮上する。我ながら単純なヤツだと思う。
キラキラと目を輝かせて用事を待つ俺を心底嫌そうな目で見て――コレも凹むけどもう日常だからそこまで気にしないのだ――口を開いた。
「いえ、ただ一度訊いてみたかったんですよ。
どうして雄介さんは私に構うんですか?
……って」
……。
…………。
………………え。
えええええ???
「いいいやっ、そ、それって何?!俺の今までのアプローチは一体?!」
思わずどもってしまった。
目の前の咲ちゃんはと言うと、少し眉をひそめて顎に手を当てて考える仕草をしている。
「それは……わかってはいるんですが、どうしても信じられないんですよね。
いつも来るたびにほんの少し失礼な事を言っているわけですし、嫌われてもおかしくないのに好きだとか何とか言われましてもね」
なんだか陳腐な小説の台詞に聞こえてしまって、と読書家の咲ちゃんは言った。
俺はもう頭の中がこんがらがってしまっていた。
それじゃ何?俺の今までは全部その陳腐な小説の台詞にしか聞こえてなかったワケで!咲ちゃんにとってはいつも読んでいる小説の合間に聞こえる戯言くらいにしか思われてなかったワケで!
「ッマジかよ!」
ついそう叫んでしまった。
「マジです」
すぐさま返した後、咲ちゃんは少しの間を置いて気まずそうに口を開けた。
「いえ、だからそれで……ですね?
真意の程はどうなんだろう、と思ったわけでありまして」
どうなんですか?なんて続ける彼女を遮って、俺は言い放った。
「いい?!俺は!ホンットーに咲ちゃんが好きなの!陳腐な小説の台詞にしか聞こえなくてもそうなの!ね、わかってくれないかなぁ、俺の国語力の無さは認めるけど……わかって欲しいよ」
半ば願いのような台詞だった。
すると彼女はウーンと唸った。
「いや、でも……私が好かれるような要素が見当たりませんし。 はっきり言って、嫌われて当然だと思っていましたので」
いまいち実感が、と咲ちゃん。
俺はそんな彼女の両肩をガシッと掴むと、真剣に言った。
真剣と書いて、マジと読む。つか読め。
「咲ちゃんはさ、自分がわかって無さ過ぎると思うよ。外見はー……ウン、素顔は勿論可愛いし、その眼鏡と三つ網だって見慣れれば可愛く見えてくる。
それにいくら酷い事言ったって、それを実行に移すワケでもないだろ?」
……いや、実際に移すような人はきっと警察にごやっかいになるよーな人なんだけど。
と、自己ツッコミ。
「何より一緒に居て楽しいし、俺に文句を言う時のまっすぐな表情とかスゴイ好きだし。
本読んでる時の真剣な感じとか、合間の笑顔とか可愛くて可愛くて抱きしめたくなるし。もう何ていうかその――要するに愛しちゃってるワケよ」
……ヨシ、言った!俺は言ったぞ!!
「……」
けれど咲ちゃんは無反応。
無言だけならまだしも、目に見えて眉間のしわが濃くなってってるのはどうなんですか、咲ちゃん。
「……あ、あの聞いてた?」
もしかして俺の台詞の時だけポッカリ魂が抜けてたんじゃないか、とか非現実的な事を思いながらそう尋ねた。眉間のしわが濃くなったって事は少なからず反応してくれている、という事なんだろうけど。
「キザな台詞……」
「え?」
ぼそっ、と呟くような声がして思わず聞き返す。
途端、肩を掴んでいた手を払われて彼女は扉の向こうへと滑り込んだ。
そして少しだけ隙間を開けて、こう言った。
「とてつもなくキザな台詞で鳥肌が立ちました。リアル感が無さ過ぎて、やっぱり陳腐な小説の台詞にしか聞こえませんね。 では」
バタンッ
大きな音を立てて、目の前の扉は隙間なく閉じた。
つーか、何、え、ええ?
「またわかって貰えなかったって事ですか、コレは!!」
つい放った言葉は、叫びに近い状態で音になった。
* * *
トボトボと階段を降りると、何だかキラキラした目をして待っている小母さんに気づいた。
「はは、また連敗記録重ねちゃいまいました」
力なく笑う俺に
「そう……フフ、でも次頑張ってね」
と、小母さんは言った。
玄関を出て、気合を入れる。
「よーっし、明日こそ……!!!」
――カミサマ、俺の気持ちが報われる日は来るのでしょうか?