視界が開ける。
眩しい光が入り込んできて思わず目を細めた。
しばらくそのまま目を光に慣れさせていって……再びゆっくりと開いた。
そこは病室だった。
白で統一された生活観の無い空間。ま、病室だから当然だけど。
個室のようで部屋の中にベッドは1つ。俺が寝ている場所だ。
そしてその脇に椅子が3つ。
その内2つは空席で、一番俺に近いところでは誰かがベッドに上半身だけうつ伏せになるようにして寝ている。
俺は体を起こそうとして、それが無理な事に気づいた。
腕には点滴がしてあるし、寝起き(?)特有のものなのか、体がかなりダルい。
その起きようとした振動が伝わったのか、椅子の誰かが目を覚ました。
日の光を吸い込んだように光るやわらかな髪。大きい瞳が見開かれている。
一瞬まだ夢を見ていて、目の前にいるのは“直哉”かと思った。
でもそれは違ってて、――直哉は“俺”だったから。
どこであんな風にねじれていたんだろう。
夢の中で俺は確実に何歳も年上だったはずだ。でも現実の俺はまだ13歳で、色んな事にすごく悩んでた。
……はっ、それにしても自分で自分を慰めて、オマケに助けるなんて、ね。 まさしく夢じゃねーと出来ない芸当だな。
小さく笑うと目の前の同じ顔が不思議そうに表情を変え、そしてすぐに泣きそうな顔になった。
「――直哉、目、覚めたん……だな。本当に、もう、お前、戻ってきたんだ、よな?」
「うん、慎也。助けてくれてありがと……あと、八つ当たりみたいなのしてて、ごめん……な」
俺がそう言うと慎也は両目にいっぱい涙を溜めて叫んだ。
「バカヤロウ!!ホントにお前バカだ!!八つ当たりだってなんだって別にしてても良かったんだ!全部僕にぶちまけて、吐き出してくれてて良かったのに……なんで、こんな――こんな事したんだよ?!」
叫んだ声が聞こえたのか、病室のドアが勢いよく開けられる。
ちょっとやつれたような父さんと母さんが立っていた。
「直哉!!」
「目が覚めたのね、直哉……っ」
足早に寄ってきた父と母にどんな顔をすればいいのかわからずにいると、父さんが突然手を振り上げた。
パァンッ
び、ビンタ……。うあっ、これで俺もう某殴られたことないのに!ネタ出来ないじゃん!
そんなバカな事を頭の片隅で考えながら、ただただ、呆然と父を見ていた。
「この……っ、バカモノ!!!何故このような事をした!! ここまで思いつめる前に相談くらいするべきだとは思わないのか!!私たちは家族なんだぞ!??!」
いやいや、待たんかい。
色々間違ってるけど、とりあえず俺が悩みに悩んでた事の原因はほとんどアンタ等じゃねーか。
それをどうやって相談せぇっちゅーねん。アンタ等いい加減ウザいんで比べるのやめてください、ホント頼むから、とでも言えばよかったっちゅーんか?!
でもそんなツッコミを入れる間も無く今度は母さんが泣きながら訴えてくる。
「本当に……心配していたのよ。あなたを永遠に失うかと思った……!お母さん、あなたが何か悩んでるかもしれないってずっと思ってたけど、まさかここまでなんて思ってなかったの。
ごめんなさい……気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい……」
……やっぱりなんか間違ってるけど、これには突っ込む気も起きなかった。
確かにもうちょっと俺も示してみるべきだったかもしれない、態度だけじゃなくて、言葉で。
シュンとなった俺の横に立っていた慎也がガバッと抱きついてきた。
「僕は気づいてたし、知ってた。なのに何もしなかったんだ――だってお前、昔から僕の事なんかどうでもいいっていうような感じで、あんな風に周りと比べられる時くらいしかこっち見なかったから……っ。
でもこんな事になるなんて思ってなかった!!
あの時火の中で倒れるお前を見て心臓が止まったかと思った。
その後、峠も越して、治療だって終わったはずなのにいつまでも目を覚まさなくて……この数週間、僕まで一緒に死んだみたいだった。
いっそ一生目を覚まさないんだったら、お前を殺して、僕も死のうかとさえ思った……っ」
ちょっ、冗談じゃない!!
どうやら3人の話を聞いてたら俺が悩みに悩んで焼身自殺を図ったかのように思われてるみたいだしっ。
そりゃ確かに悩んでたよ?!もー、めちゃめちゃに悩んでたのは認めるけど!!
「まず訂正する事が1つ!!」
抱きついてきていた慎也を剥がし、俺は声を張り上げた。
突然大声を上げた俺に驚いたのか3人は何も言わずにこっちを見ている。
「俺は自殺しようとしてたワケじゃない!!さっきから何勝手に勘違いしてまくしたててくれてんのか知らないけど、アレは事故だから!」
そう言うとますます驚いたような顔をしやがった。
……仕方ないのでもうちょっと掘り下げて状況を説明する。
「た、確かに……皆が言うように悩んでたよ。それは白状する。
でもそれはあの時点ではもう解決済みだったんだ!
その後ストーブで暖まってココアでも飲もうと思ったらココアの粉がいつもントコに置いてなくて、脚立引っ張り出して探してた時に体勢崩してストーブにガンッ、てボオオオなワケだ!!だからアレは純粋な事故であって、……だな!」
く、くそっ……こうして改めて言葉に出すとかなりマヌケだな俺。
何か反応があるかと思いきやなかなかしてこない。
慎也がやっと口を開いたと思えば、
「直哉、“俺”って言ってる……」
……そこ、反応すべきトコじゃないから。
「あー、うん……なんか“僕”よりしっくりくるんだよ俺の方が」
ホントは夢からあまり抜けてないからだと思う。けどアレはきっと俺の未来の姿……だから、あってる。
自分に影響されるなんて、ホントに夢様々だよ、ったく。
「……本当に、本当なのね、直哉?!」
「そうだよ、ホント。ガツーンとやった俺のバカですから」
投げやりにそう言うとどこからか小さくプッと噴出す音が聞こえた。
いや、どこからか、じゃない。
間違いなく……父さんだ。
「な、直哉……若い芸人は時に体を張る必要もあるが、その、そこまではちょっと、無いから……だな」
「いやいやいや!!!!何自分の息子の一大事に若い芸人とか言っちゃってんのクソ親父!!!!」
てか父さんお笑い好きだったのか……。
そういえば父さんもだけど、母さんも慎也も、何が好きで何が嫌いとか、そういうの全然知らない気がする。……それだけ俺が周りを、家族を気にしていなかったというか、拒絶していたというか。
「くっ、クソ親父とは何だ?!お父様と呼べ!」
――こんなキャラだとは知らなくて良かったかもしんないが。
そして今更ながらにこのツッコミの激しさはコレへの反動なのかと理解する。
父さんがバカ言って、俺が突っ込んで、慎也も母さんも笑ってる。
なんて、楽しい。
なんて――美しい。
俺が今まで拒絶していた世界。
「……じゃあ父さんたちは先生呼んでくるからな。おとなしくしとくんだぞ」
そう言って出て行く2人を見送って俺は息を吐く。
「疲れた?」
慎也が心配そうに聞いてくる。
「ん、大丈夫。ま、ちょっと疲れたけどな……だってこんなに皆で話すの、初めてな気がするし」
「直哉……」
何だかしみったれた雰囲気になりそうだったので話題を変えるべく口を開く。
「そ、そういやお前さー、さっきの俺を殺して自分も〜ってヤツ笑えなかったぞ。 父さんのも色々ヤバそうな冗談多いっぽいけど、マジあーいうのは勘弁な。 全く焦るぜ、お前ってそんなキャラだったんだ?」
軽い気持ちで、冗談のつもりでさらっと言って、これまた軽く流してもらってあっはっは、にしようと思ってた。
でも俺はやっぱり慎也の事全然理解出来てなかった。
「冗談なんかじゃない。
実際に一生目覚まさないって宣告されてたらそうしたと思う。
……あと、直哉のアレが事故じゃなくて、自殺未遂だったら――きっともっと酷い事、してた。
だから……もう、あんな、心臓止まる様な思いさせないでくれ……」
殺すより酷い事ってナンデスカ。
……ご飯抜かれるとか?いや、でもそれって最終的に死ぬよな。
「深く考えないでいいから。とにかく何かあったらまず僕に言うこと……何であっても、だ」
「お、おぉ……」
迫力に圧されて思わず頷いてしまった。
「よし、じゃあちょっと僕何か買ってくるよ。喉渇いちゃったから、直哉は……まだ点滴してるし無理かな?」
ま、そりゃそーだわな。
俺は部屋を出て行く前に体を起こして貰って、病室をちゃんと見渡せる体勢になれた。
改めて見ると結構広い病室だという事や、景色がそれなりに綺麗だという事がわかった。
そしてもう一つ。
「……コレって、あの帽子ヤロー……か?」
サイドテーブルに置いてあった1冊の絵本。
タイトルは「夢前案内人」。
パラリと捲ると絵本特有の柔らかいタッチの絵で帽子をかぶった少年が描かれていた。
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をつけた、あの帽子ヤローに間違いない。
添えてある文章はこう。
『さァ、噺を創めようじゃないか。
とびっきりに楽しくて、とびっきりにおかしい噺を。
君たちは僕のコマだ。
全て自分たちの思うように動いていると信じているけれど、それはウソ。
所詮は掌の上の遊戯。
君たちは役割を演じているに過ぎない。
――もっとも、僕だって“そう”なんだけどね』
……どっかで聞いたような台詞じゃねーか。
そう、俺が夢へと誘われる時に聞いた言葉だ。
でも次からは違っていた。
『どこからか迷いこんでしまった貴方へ。
楽しい夢を求めている君へ。
全てを知りながらも尚知り足りない貴女へ。
僕は傍観者。 さァ、素晴らしく、素敵な夢の世界へと案内致しましょう』
そして次のページをめくった時、そこは病室ではなくなっていた。
俺はスポットライトに照らされて、もう一筋の光を見ている。
「や、またお会いしましたね」
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をかけた少年がこちらへと笑いかけていた。
眩しい光が入り込んできて思わず目を細めた。
しばらくそのまま目を光に慣れさせていって……再びゆっくりと開いた。
03.終わった嘘の後に
そこは病室だった。
白で統一された生活観の無い空間。ま、病室だから当然だけど。
個室のようで部屋の中にベッドは1つ。俺が寝ている場所だ。
そしてその脇に椅子が3つ。
その内2つは空席で、一番俺に近いところでは誰かがベッドに上半身だけうつ伏せになるようにして寝ている。
俺は体を起こそうとして、それが無理な事に気づいた。
腕には点滴がしてあるし、寝起き(?)特有のものなのか、体がかなりダルい。
その起きようとした振動が伝わったのか、椅子の誰かが目を覚ました。
日の光を吸い込んだように光るやわらかな髪。大きい瞳が見開かれている。
一瞬まだ夢を見ていて、目の前にいるのは“直哉”かと思った。
でもそれは違ってて、――直哉は“俺”だったから。
どこであんな風にねじれていたんだろう。
夢の中で俺は確実に何歳も年上だったはずだ。でも現実の俺はまだ13歳で、色んな事にすごく悩んでた。
……はっ、それにしても自分で自分を慰めて、オマケに助けるなんて、ね。 まさしく夢じゃねーと出来ない芸当だな。
小さく笑うと目の前の同じ顔が不思議そうに表情を変え、そしてすぐに泣きそうな顔になった。
「――直哉、目、覚めたん……だな。本当に、もう、お前、戻ってきたんだ、よな?」
「うん、慎也。助けてくれてありがと……あと、八つ当たりみたいなのしてて、ごめん……な」
俺がそう言うと慎也は両目にいっぱい涙を溜めて叫んだ。
「バカヤロウ!!ホントにお前バカだ!!八つ当たりだってなんだって別にしてても良かったんだ!全部僕にぶちまけて、吐き出してくれてて良かったのに……なんで、こんな――こんな事したんだよ?!」
叫んだ声が聞こえたのか、病室のドアが勢いよく開けられる。
ちょっとやつれたような父さんと母さんが立っていた。
「直哉!!」
「目が覚めたのね、直哉……っ」
足早に寄ってきた父と母にどんな顔をすればいいのかわからずにいると、父さんが突然手を振り上げた。
パァンッ
び、ビンタ……。うあっ、これで俺もう某殴られたことないのに!ネタ出来ないじゃん!
そんなバカな事を頭の片隅で考えながら、ただただ、呆然と父を見ていた。
「この……っ、バカモノ!!!何故このような事をした!! ここまで思いつめる前に相談くらいするべきだとは思わないのか!!私たちは家族なんだぞ!??!」
いやいや、待たんかい。
色々間違ってるけど、とりあえず俺が悩みに悩んでた事の原因はほとんどアンタ等じゃねーか。
それをどうやって相談せぇっちゅーねん。アンタ等いい加減ウザいんで比べるのやめてください、ホント頼むから、とでも言えばよかったっちゅーんか?!
でもそんなツッコミを入れる間も無く今度は母さんが泣きながら訴えてくる。
「本当に……心配していたのよ。あなたを永遠に失うかと思った……!お母さん、あなたが何か悩んでるかもしれないってずっと思ってたけど、まさかここまでなんて思ってなかったの。
ごめんなさい……気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい……」
……やっぱりなんか間違ってるけど、これには突っ込む気も起きなかった。
確かにもうちょっと俺も示してみるべきだったかもしれない、態度だけじゃなくて、言葉で。
シュンとなった俺の横に立っていた慎也がガバッと抱きついてきた。
「僕は気づいてたし、知ってた。なのに何もしなかったんだ――だってお前、昔から僕の事なんかどうでもいいっていうような感じで、あんな風に周りと比べられる時くらいしかこっち見なかったから……っ。
でもこんな事になるなんて思ってなかった!!
あの時火の中で倒れるお前を見て心臓が止まったかと思った。
その後、峠も越して、治療だって終わったはずなのにいつまでも目を覚まさなくて……この数週間、僕まで一緒に死んだみたいだった。
いっそ一生目を覚まさないんだったら、お前を殺して、僕も死のうかとさえ思った……っ」
ちょっ、冗談じゃない!!
どうやら3人の話を聞いてたら俺が悩みに悩んで焼身自殺を図ったかのように思われてるみたいだしっ。
そりゃ確かに悩んでたよ?!もー、めちゃめちゃに悩んでたのは認めるけど!!
「まず訂正する事が1つ!!」
抱きついてきていた慎也を剥がし、俺は声を張り上げた。
突然大声を上げた俺に驚いたのか3人は何も言わずにこっちを見ている。
「俺は自殺しようとしてたワケじゃない!!さっきから何勝手に勘違いしてまくしたててくれてんのか知らないけど、アレは事故だから!」
そう言うとますます驚いたような顔をしやがった。
……仕方ないのでもうちょっと掘り下げて状況を説明する。
「た、確かに……皆が言うように悩んでたよ。それは白状する。
でもそれはあの時点ではもう解決済みだったんだ!
その後ストーブで暖まってココアでも飲もうと思ったらココアの粉がいつもントコに置いてなくて、脚立引っ張り出して探してた時に体勢崩してストーブにガンッ、てボオオオなワケだ!!だからアレは純粋な事故であって、……だな!」
く、くそっ……こうして改めて言葉に出すとかなりマヌケだな俺。
何か反応があるかと思いきやなかなかしてこない。
慎也がやっと口を開いたと思えば、
「直哉、“俺”って言ってる……」
……そこ、反応すべきトコじゃないから。
「あー、うん……なんか“僕”よりしっくりくるんだよ俺の方が」
ホントは夢からあまり抜けてないからだと思う。けどアレはきっと俺の未来の姿……だから、あってる。
自分に影響されるなんて、ホントに夢様々だよ、ったく。
「……本当に、本当なのね、直哉?!」
「そうだよ、ホント。ガツーンとやった俺のバカですから」
投げやりにそう言うとどこからか小さくプッと噴出す音が聞こえた。
いや、どこからか、じゃない。
間違いなく……父さんだ。
「な、直哉……若い芸人は時に体を張る必要もあるが、その、そこまではちょっと、無いから……だな」
「いやいやいや!!!!何自分の息子の一大事に若い芸人とか言っちゃってんのクソ親父!!!!」
てか父さんお笑い好きだったのか……。
そういえば父さんもだけど、母さんも慎也も、何が好きで何が嫌いとか、そういうの全然知らない気がする。……それだけ俺が周りを、家族を気にしていなかったというか、拒絶していたというか。
「くっ、クソ親父とは何だ?!お父様と呼べ!」
――こんなキャラだとは知らなくて良かったかもしんないが。
そして今更ながらにこのツッコミの激しさはコレへの反動なのかと理解する。
父さんがバカ言って、俺が突っ込んで、慎也も母さんも笑ってる。
なんて、楽しい。
なんて――美しい。
俺が今まで拒絶していた世界。
「……じゃあ父さんたちは先生呼んでくるからな。おとなしくしとくんだぞ」
そう言って出て行く2人を見送って俺は息を吐く。
「疲れた?」
慎也が心配そうに聞いてくる。
「ん、大丈夫。ま、ちょっと疲れたけどな……だってこんなに皆で話すの、初めてな気がするし」
「直哉……」
何だかしみったれた雰囲気になりそうだったので話題を変えるべく口を開く。
「そ、そういやお前さー、さっきの俺を殺して自分も〜ってヤツ笑えなかったぞ。 父さんのも色々ヤバそうな冗談多いっぽいけど、マジあーいうのは勘弁な。 全く焦るぜ、お前ってそんなキャラだったんだ?」
軽い気持ちで、冗談のつもりでさらっと言って、これまた軽く流してもらってあっはっは、にしようと思ってた。
でも俺はやっぱり慎也の事全然理解出来てなかった。
「冗談なんかじゃない。
実際に一生目覚まさないって宣告されてたらそうしたと思う。
……あと、直哉のアレが事故じゃなくて、自殺未遂だったら――きっともっと酷い事、してた。
だから……もう、あんな、心臓止まる様な思いさせないでくれ……」
殺すより酷い事ってナンデスカ。
……ご飯抜かれるとか?いや、でもそれって最終的に死ぬよな。
「深く考えないでいいから。とにかく何かあったらまず僕に言うこと……何であっても、だ」
「お、おぉ……」
迫力に圧されて思わず頷いてしまった。
「よし、じゃあちょっと僕何か買ってくるよ。喉渇いちゃったから、直哉は……まだ点滴してるし無理かな?」
ま、そりゃそーだわな。
俺は部屋を出て行く前に体を起こして貰って、病室をちゃんと見渡せる体勢になれた。
改めて見ると結構広い病室だという事や、景色がそれなりに綺麗だという事がわかった。
そしてもう一つ。
「……コレって、あの帽子ヤロー……か?」
サイドテーブルに置いてあった1冊の絵本。
タイトルは「夢前案内人」。
パラリと捲ると絵本特有の柔らかいタッチの絵で帽子をかぶった少年が描かれていた。
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をつけた、あの帽子ヤローに間違いない。
添えてある文章はこう。
『さァ、噺を創めようじゃないか。
とびっきりに楽しくて、とびっきりにおかしい噺を。
君たちは僕のコマだ。
全て自分たちの思うように動いていると信じているけれど、それはウソ。
所詮は掌の上の遊戯。
君たちは役割を演じているに過ぎない。
――もっとも、僕だって“そう”なんだけどね』
……どっかで聞いたような台詞じゃねーか。
そう、俺が夢へと誘われる時に聞いた言葉だ。
でも次からは違っていた。
『どこからか迷いこんでしまった貴方へ。
楽しい夢を求めている君へ。
全てを知りながらも尚知り足りない貴女へ。
僕は傍観者。 さァ、素晴らしく、素敵な夢の世界へと案内致しましょう』
そして次のページをめくった時、そこは病室ではなくなっていた。
俺はスポットライトに照らされて、もう一筋の光を見ている。
「や、またお会いしましたね」
緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をかけた少年がこちらへと笑いかけていた。
title by 雰囲気的な言葉の欠片:前中後