何かが、開いた
――何かが、動き出した
第9話 「語りべの余裕」
「えぇっ、ホントに何で書かれてないの!?」
ガタン、と席を立ち上がりながらラミィが叫んだ。眉はハの字のようになっていて、僅かだが瞳が潤んでいる。
「……まぁ、まぁ。落ち着いて、ね?」
そのラミィを落ち着かせるように、片手を本から離して肩に置いた。その表情は余裕の笑みで満ちている。――ちなみにこの人物は、今この「話」を読んでいる“語りべ”である。
「そうよ、ラミィ。まだ先は長いわ。……あ、お替り持ってきましょうか?」
語りべの少年と同じように少女を嗜めたのは母親のルミエラ。ルミエラはラミィに向かってそう言いつつ、3人の前に置かれた空になったカップを見て、そう訊いた。
「あ、俺はどっちでも良いですよ。 そんなに喉渇いてないですし……」
お気遣いありがとうございます、と少年は返した。
「そうですか? ラミィはどう? お替り、いる?」
「……うん。 でも紅茶よりホットミルクの方が良いかも……」
と、ちょっと苦かったのか舌を出しながらラミィが応える。その言葉に「わかったわ」と、ルミエラはキッチンへと向かっていった。
「ねぇ、お兄ちゃん。 あたしわからない事があるんだけど……」
ルミエラがキッチンでミルクを温めている間、ラミィは身を乗り出して向かいに座る少年へと訊いた。
「ん? 何がわからないんですか?」
少年――ジャックと言うのだが、その外見に似合わない敬語を使っている――は少し首を傾げながら訊き返した。
「うん、あのね。 今、フレアとココロはアカノカケラとモモノカケラを集めたじゃない? その時に……何だか知らない人がいっぱい出てきてるでしょ。……あの人達って何か関係あるの? これからも出てくるの?」
ラミィは少し上を向き、先ほどまでの「話」を思い出しながら訊いた。
するとジャックは小さく笑った。
「それを此処で明かしてしまったらこれからの楽しみが減りますよ?」
「ううっ……それもそうだよね……。でもさ、これだけは知りたいの!
――時々フレアと入れ替わる人は誰?」
興味津々!といったような表情で身を乗り出すラミィに、ジャックは驚きながらも応える。
「だから、それを明かしてしまってはこれからの楽しみが減りますって。というか、ここで言ってしまっては、この先の「話」を読む俺の楽しみも減っちゃいますよ」
「えー……でも……。 あたしね、その人がロナに言った台詞がすごい嫌なの!だから、あんな事平気で言う人がフレアと入れ替わったりするなんて嫌なのっ……」
随分と“フレア”の事をご贔屓なのか、ラミィは両の頬をぷぅっ、と膨らませた。
一瞬、――そう、一瞬だけだったのだが、ジャックはラミィがそう言った瞬間、苦痛に満ちた表情をした。……けれどその表情は出てきたときと同じように一瞬でなくなり、すぐに少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「そうですか、ラミィちゃんはあの人が嫌いなんですね?」
「――えっ、いやっ、別に嫌いとまでは言ってないけど……」
「よし、そんなラミィちゃんに取って置きの情報を教えてあげましょう」
そう言ったが早いか、今まで読んでいた場所にさっと栞を挟むと、ジャックは本の一番後ろのページを開けた。そして、相変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「フレアと時々入れ替わる人……彼女はですね。
――茶色い髪に血の様に紅い瞳、年の頃は14歳くらいで少し気の強そうな少女です。あ、ちなみに茶色い髪をポニーテールにしてて、魔法を操ります」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それってフレアじゃないの?!あたしが知りたいのは――」
ラミィが全てを言う前に、ジャックは続けた。
「名前はL(エル)。世界的に有名な“魔術師”の一人……そしてフレアの――」
カタン
ホットミルクが出来たのだろうか、キッチンからカップを並べる音が聞こえてきてジャックは言葉を止めた。そして自嘲気味に笑うと、本を元のページに戻した。
「……な~んてね。 まぁ、直にわかりますよ、彼女は重要人物ですから」
からかうような口調で言うジャックに、ラミィはむっとして彼の持っていた本をさっと奪った。まだ小さい彼女には少し重かったのだろう、眉間に皺がよっていた。
「いいもんっ、先に読んじゃうから! えっと……最後のページ、最後の……っと――何これ?」
奪った本の最後のページには、本の表紙と裏表紙に描かれてあるような魔方陣しか書かれていなかった。普通の本ならば、作者の事や製本された日などが記載されているものだが……それしか、記されていなかったのだ。ラミィはその魔方陣を見つめながら、目の前の語りべに問いかけた。
「ねぇ、お兄ちゃん……さっきこのページを読んでたんじゃないの?」
確かに、ジャックは最後のページを“読んで”いた。時折目をページに向け、視線も上から下へと動いていたのだから。だが、実際ページには何もなかったのだ。
「さぁ? 何の事だか」
相変わらずの表情でしれっと応えるジャックに、ラミィはますます頬を膨らました。
「何それー……ってことはさっきのもお兄ちゃんの作り話なんだね? ね、そうなんでしょ!」
「……まぁ、そういう事ですね。 “な~んてね”って言ったでしょう」
ラミィからそっと本を取り返すと、ジャックは栞を挟んでいたページを開いた。
「それに、まだまだ「話」の先は長いんですから。――お楽しみはこれから、ですよ」
それからしばらくして、ルミエラが3人分のホットミルクを持ってきた。ジャックはお気遣い無く、などと言っていたがやはり喉が渇いていたのだろう、自分の前にカップが置かれると満面の笑みで「ありがとうございます」と礼を言っていた。
「さて……と、さっきラミィちゃんには訊かれたんですけどね。ルミエラさんは今までの「話」で疑問に思ったこととかありましたか?」
ホットミルクを啜りながら、ジャックが訊いた。
「疑問? いえ、ありませんよ。なかなか面白い展開になってきたなぁ、とは思いましたけど」
と、カップを口の方へと持って行きながら、ルミエラが返した。
「えぇ?! お母さんおかしいと思わないのー?わけわからない事ばっかだよ!」
「ふふふ、そこが面白いんじゃないの」
横から「何で~?」と訊いてくる我が子に、ルミエラは優しく微笑むとそう言った。
「――そうですか。 よし、それじゃそろそろまた創めますか?」
本を指差しながら、ジャックが言う。その言葉にラミィは深く頷き、ルミエラは微笑んだ。
コホン
口元に手を当てて、やたらわざとらしく咳をするとジャックはページの1番上に視線を置いた。
「……じゃ、続きに入りましょうか。――あ、その前にお二人の“予想”とか聞いてみましょうか?」
本から視線を外し、目の前に座る親子へと移した。その顔は何を考えているかわからない……妙に嬉しそうな表情だった。
「予想……? って何の予想?」
すぐに首をかしげて問いかけるラミィ。両の手をテーブルの上に出して硬く握り締めている。
「次にフレアとココロが何色のカケラを探しに行くか……、ですよ」
何色だと思います?、と二人の顔を交互に見ながらジャックは訊いた。
「えぇー……そんなのわかんないよー……。 ねぇ、お母さん?」
「何色……うーん、目次の通りに行けば“キイロ”ですよね。 ……じゃ、私の予想は“キイロ”で」
わかんないよー、と呟くラミィとは反対に冷静に考えて、ルミエラはそう答えた。確かにフレアが「話」の中で手にした本の目次通りに行くと、次は“キイロノカケラ”だ。
「ラミィちゃんはどうです?」
「わかんないよ、そんなのー……。 でも、お母さんがキイロにするならあたしもそうする!」
母親に意見に味方したのか、ただ自分で考えることを放棄しただけなのかわからないが、ラミィは横に座るルミエラの腕に抱きつくと力強く頷いた。
「お二人の予想は“キイロ”という事ですね。……なるほど」
顎の下に手を付けて、ジャックは呟いた。
そしてにっこりと笑うと本へ視線を戻す。その後何を思ったのか目を閉じると、そのまま口を開いた。
「場所は宿屋の1階に位置する酒場兼食堂。その一席で、蟠りを胸にフレアはココロと一緒に食事をしていました。 そこへ突然飛び込んできた一人の男――」
そこまで言うと目を開き、二人の方を見た。
その顔は休憩を置く前と同じように、余裕に満ち溢れていた。
「昼時という事もあってランチを食べに来ていた客が多く、店内は人々の話し合う声で満ちていました。けれどその男がそこに飛び込んできた時、客達は思わずその口を閉じました。
何故なら、その男は血まみれで、見るからに危険な状態だったからです。
入り口の近くに居た若い男性が男に駆け寄ります。
――どうした? 何があった?
問いかける男性に男は荒い息の中から、やっとの事で声を出し、返しました。
――村が……
ガタンッ、と男は倒れました。そして血を吐きながら、続きを言葉にしました。
――村が……なくなった。 魔術師〈バケモノ〉に……やられた……っ」
いつまでもそんな風に暮らしていけるなんて、思ってんじゃないだろうな?
お前は――お前等は、殺されて当然なんだぞ!
オレは許さねぇ。
絶対に……お前等の息の根止めてやる……!!!
「――お楽しみはこれから、ですよ……」