第6話 「確信と疑心と焦り」
私たちは先ほど見つけた『マイ』の第1候補を追っていた。――というか既に自分の中では『候補』ではなく『決定』しているのだけど――どうやら彼女の家は海沿いではなく、少し奥まった場所にあるようで見かけた場所から結構な距離を歩いていた。
「ただいま~~!」
「おかえり」
彼女はそう言うと、割と大きな一戸建ての家に入っていった。中から『おかえり』の声が聞こえてくるところを見ると母親がいるらしい。
私は表札を見た。
そこには『秋谷』と書かれている。……たぶん“あきや”と読むのであろう。……“あきたに”かもしれないけれど。まぁ、私たちに必要なのは下の名前、つまり『マイ』だったのであまり関係ないが。
「……うーん……」
「どうしたの?」
声の低さは変わらないが前と同じような口調に戻りつつある……のかどうかわからないがココロが見下ろしながら訊いてきた。見下ろす……くそ、ムカツクなぁ……。
「……いや、別に……」
私は時計を見た。時刻はちゃんとこの世界のモノに合わせてある。現在、午前11:30。……よくわからないけど帰るのが早すぎるような気がしていたのだ。しかしその疑問は、まるで図ったように聞こえてきた会話で解決された。
「真依、アンタ今日なんでこんなに早いの?」
「えっ?お母さんってば、私、今テスト週間だって言ったじゃないの」
「……あら、そうだったっけ」
「もうっ、私ちゃんと言ったもんねー。お母さんボケだよ!ボケ!」
「なるほど……それで帰りが早かった……と」
――ん?
私はふと、考えて本を取り出した。……読み返してみる。
“マイが家を出たのは午前中。”
ってことは……もうすぐ玄関から……?
ガチャ
玄関のドアが半分ほど開く。
「それじゃ、私ちょっと出かけてくるから!!」
「遅くならないようにするのよ~」
「は~い」
体だけ外に出し、顔だけを覗かせる形で返事をする。
「うわっ、ヤバイ!!隠れろっ!!」
そう言って私は自分より小さいココロを隠そうと思った。
けれど、よくよく考えてみたら、今は自分の方が小さかったわけで。――私の手は空回りをした。
「何やってるんだよ……」
呆れ声で呟くココロ。 くっ……、何だか悔しいぞ……。
「い、いや何でもない……じゃなくて!! 見つかっちまうだろっ、隠れろってば!!」
私はココロを押しやり、一本手前の路地に逃げ込んだ。彼女……真依さんは玄関のドアを閉めると私たちのいる方向とは反対の方へ歩いていった。足取りは、軽い。
「ふぅ……見つかってないよな……」
そっと真依さんの歩いていった方を見る。彼女の後姿だけが見えた。
そこで、私は改めて今の状況を知った。
ココロの顔が目の前にある。
「んあっ???!」
思わず後ずさる。けれど後ろは塀だったので、状況はあまり変わらない。その上、ココロの手が横にあるので身動きがとれない――
「コッ、ココロ、離れろ!!どけっ!!」
極力平静を装って言ったつもりだったのだけど、どもってしまった。
それに気づいたココロは、少し笑うと嫌みったらしく言ってきた。
「何、フレアってば照れてるの?」
くすっ、と笑うと顔を近づけてくる。
「やめろっ!!! ぶち倒すぞ!!」
「…………ぷっ、フレアってば可愛い~~。 あぁ、僕ずっとこのままでいようかなぁ」
どうやらからかいだったようで……小さいときはこっちがからかう方だったのに……。この世界を抜けたらすぐに元に戻してやる……!!!
私はすぐにココロの腕をどけると、真依さんが向かった方の路地を見た。
人影は……無い。
「あぁあっ!!! いないっ?!?!」
どうやら馬鹿ココロがふざけている間に、真依さんはちゃっちゃかと行ってしまったようだった。私は軽く舌打ちをすると、手の中に光を集めた。
「おぃ、行くぞ」
そう言って光をココロに投げつける。そして自分にも。その光は全身を包み、体を浮き上がらせた。
「え? え? えぇっ?!」
「大丈夫だ。この世界の人間には見えない」
私たちは空から、真依さんを探した。
まぁ、人の歩く速度は知れてるものだから真依さんはすぐに見つかった。
私たちが見失った路地から、大して離れていない場所だったし。と言っても何回も右折、左折を繰り返していたのであのまま歩きで探したとしたら到底無理だっただろう。
あのやりとり……意外と時間を喰っていたようだ……。
「あ……れ?」
「ん?どうかしたのか?」
ココロが横で疑問符を上げたので、私は目線を真依さんから逸らさぬまま訊いた。けれど、なんとなくその疑問が何を指すかわかったような気がした。
今、真依さんはまた一つ角を曲がった。そして角を曲がり、出た道には男女が一組歩いてきていた。
「……あれってあのナオキって人……かな」
「あぁ、たぶんそうだろう。 本の記述を見る限り、そうとしか考えられない」
私は答えながら二人組みを観察した。
男……恐らく『ナオキ』……はツンツンヘアーの爽やか好青年といった感じに見える。髪の毛は尖っていても不良とかそういうのではなく、どちらかというとスポーツ系のような感じだ。
対する女の方は――
「レイ?」
(……え?)
私の中の<私>が声を出した。その声はとても小さいものだったのでココロには聞こえなかったようだ。
けれど、私にはばっちりと聞こえている。
(知り合いなのか?)
声の主導権をいきなり持ち去られてしまったので、心の中で呟くように尋ねた。……返事は……ない。
(おぃ、聞こえてるんだろっ)
(……知り合いだ。私もお前も)
今度は、返事があった。
(知り合い……?私はあんな女の人(ひと)知らないぞ……)
(忘れているだけだ。 早く思い出せ)
「思い出せ……つったって……」
「……どうしたの、フレア」
「へ?」
「思い出せとかどうのこうの……言ってたけど……??」
――声が出ていた?
あ、そうか。またどっかに行きやがったんだな。一体何が言いたかったんだか。
「いや、何でもない」
「そう……」
「あーもう夏なのかー。ナオキと違う環境に入ってこれで2回目の夏。」
「あ?何言ってんだ?とうとう勉強に参って頭おかしくなったのかなマイちゃん?」
「ナオキ!!!!?」
我に返り、下を見ると真依さんは既に『ナオキ』、それにアイツが『レイ』と言った人物と会っていた。遠目に見てもわかる。――真依さん……泣きそうだ。
「こんにちは」
『レイ』が真依さんに声をかけた。私はその時、本の記述と今現在見ている様子が違うことに気づいた。
本には確か――
“ナオキの横にいた女の人はナオキの高校の制服を着た漆黒の長い髪の美人だった。端正な顔立ち。すっきりと通った鼻筋や大きく開かれた瞳。背の高いナオキの肩にいくかいかないかの身長”
と、書かれていたはずだ。
けれど私には、髪の毛が黒には見えなかった。
赤……いや桃色に見える。
「なぁ、ココロ。 あの女の方の髪、何色だ?」
私は念のため、ココロにも尋ねる。
「え? 髪の色……ピンク色じゃないの?」
やっぱり……。
「でもおかしいよねぇ、本には黒色の髪って書いてなかったっけ?」
ココロが顎に手を当てて考え込む。それに私は答えてやる。
「簡単な事さ、あいつは私たちと同じ世界のヤツだ」
「…………………………え?」
「あいつは……私たちと同じ、時間旅行者(タイムトラベラー)なんだよ……」
吐き捨てるように言った。
* * *
下では丁度、真依さんが『ナオキ』と『レイ』の居たところから走り出していた。
私はココロの腕を引き、慌てて後を追った。
その時、少しだけ『レイ』の顔を盗み見た。
やっぱり、見覚えは……ない。